藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
長唄

黒髪くろかみ

初世桜田治助 作詞  初世杵屋佐吉 作曲  天明四年(一七八四)江戸中村座

黒髪 雪夜の鏡台
雪夜の鏡台

歌舞伎狂言「<ruby>大商蛭小島<rt>おほあきなひひるがこじま</rt></ruby>」で用いられた「めりやす」(芝居の中で情感を込めて唄われる短い曲)。のち大坂で地歌としても流行し、地歌・箏曲の「黒髪」としても広く知られる。

あらすじ

恋人であった源頼朝を北条政子に譲らねばならなくなった<ruby>辰姫<rt>たつひめ</rt></ruby>が、髪を梳きながら独り寝の淋しさに沈む場面で用いられた。全体で十数句しかない短い曲だが、乱れた黒髪に解けぬ思いを重ね、降り積む白雪に募る恋情を託す。長唄のうちでも屈指の静かな名曲として、今日も単独で演奏される。

詞章と現代語訳

〔三下り〕

黒髪くろかみの、むすぼれたる思ひには、けてた夜のまくらとて

黒髪がもつれるように、この思いも結ぼれたまま解けない。心を許し合って共寝をしたあの夜の枕——それにひきかえて。

ひとる夜の仇枕あだまくらそで片敷かたしく、つまぢやといふて

今はひとりで寝る夜の、むなしい枕。自分の袖だけを片方敷いて寝る。あの人は「お前は妻だ」と言ってくれたのに。

黒髪 雪夜の鏡台_名玄揮毫入り
雪夜の鏡台_名玄揮毫入り

愚痴ぐち女子をなごの心も知らず、しんとけたるかねの声

愚かなほど一途な女の心も知らないで。しんしんと夜が更けてゆき、鐘の音が響いてくる。

黒髪 雪夜の鏡台_名玄落款印入り
雪夜の鏡台_名玄落款印入り

ゆふべの夢の今朝けさめて、ゆかなつかなや

ゆうべ見た夢も、今朝には覚めてしまった。慕わしく、懐かしく、そしてどうにもやる瀬ない。

黒髪 雪夜の鏡台_名玄落款印入り_v2
雪夜の鏡台_名玄落款印入り_v2

もると知らでもる白雪しらゆき

積もるとも知らないうちに、雪は音もなく降り積もっていく——この胸の思いと同じように。

黒髪 雪夜の鏡台_落款入り
雪夜の鏡台_落款入り

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文による。同書の表記は「独寐る」「仇枕」「つまぢや」など。

「めりやす」は歌舞伎で、役者の無言の演技に添えて低く唄われる短い曲。伸び縮みして芝居に合わせることから、編み物の「メリヤス」に由来するといわれる。

「つま」は「妻」と「褄(着物の裾)」を掛ける。「袖は片敷く」と続けて、独り寝の淋しさを示す。

結びの「積もると知らで積もる白雪」は、雪と、知らぬ間に募る恋情との二重の意。この一句のために曲全体があるといわれる。

流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同がある。演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。