高砂丹前たかさごたんぜん
本名題「女夫松高砂丹前」 丹前物 資料の題名『女夫松高砂丹前』

謡曲「高砂」の相生の松に始まり、丹前姿の伊達な立廻り、松尽くしを経て、末は顔見世の賑わいを寿ぐ祝儀曲。
あらすじ
今を始めの旅衣。日も行く末も久しい。二上りでは「高砂や」——木の下陰の尉と姥、松もろとも我も久しくなった住吉の、この浦舟に打ち乗って月とともに出潮や。これはめでたい世の例である。老木の姿とは引きかえて、妹背わりない女夫松。葉の色は同じ深緑で、見ても見ても思いの尽きないのは、まことに恋衣。まことに恋は曲者で、たとえ万里を隔てても慕う心は——それは言うてくださるな。朝な夕なに空吹く風も、落葉衣の袖を引きまとう。思う殿御はつれない身で、塒に残るあだ枕。さても見事に、振って振り込む花槍は雪かあらぬか、ちらちらと白鳥毛。ふれさどっこい、袖はひらひら、台傘竪傘も恋風に靡いておくれ。ずんと伸ばしてしゃんと受けた柳腰、しなやりふりやり流し目は、可愛らしさの宿入り。三下りでは松の名所さまざま——三保の松の羽衣、松にかけた尾上の鐘、相生の夫婦松、中に緑のいとしらしい姫小松、二階三階の五葉の松。いく代重ねる千代見草。西の海、青木ヶ原の波間より現れ出た神松に降り積む雪の朝ぼらけ、玉藻を刈るという岸影の。ウタイとなって「松根に依って腰をすれば千年の緑手に満てり」——指す腕には悪魔を払い、納める手には寿福を抱く。入り来る花の顔見世、貴賎の袂が袖を連ね、颯々の声を楽しむ潔さよ。
詞章と現代語訳
今を始の旅衣、今を始の旅衣、日も行末ぞ久しき
今を始めの旅衣、今を始めの旅衣——日も、行く末も久しいことである。
高砂や木の下陰に尉と姨、松諸共に我見ても、久しくなりぬ住吉の、此の浦舟に打乗りて、月諸共に出潮や、是は目出度き世の例
高砂や、木の下陰に尉と姥。その松ともども、我が見てからも久しくなった住吉の——この浦舟に打ち乗って、月とともに出る潮や。これこそめでたい世の例である。
老木の姿引かへて、妹背わりなき女夫松、葉色は同じ深緑、見れども思の尽きせぬは、真なりけり恋衣
老木の姿とは引きかえて、妹背の仲もわりない女夫松。葉の色はどちらも同じ深緑。見ても見ても思いの尽きないのは、まことに恋衣であることよ。
実に恋は曲者、仮令万里は隔つとも、慕ふ心はそりやいはんすな、朝な夕なに空吹く風も、落葉衣の袖引まとふ、思ふ殿御はつれなの身にし、塒に残る仇枕
まことに恋は曲者。たとえ万里を隔てようと、慕う心は——それは言うてくださるな。朝な夕なに空吹く風も、落葉衣の袖を引きまとう。思う殿御はつれない身の上で、塒に残るのはあだ枕ばかり。
さても見事になア、振つて振り込む花槍は、雪かあらぬかちらちらちらと白鳥毛、ふれさどつこいふれさどつこい、袖はひらひら台傘竪傘恋風に靡かんせ、ずんと伸ばしてしやんと受たる柳腰、しなやりふりやり流目は、可愛らしさの宿入
さても見事なことよ。振って振り込む花槍は、雪かそうでないか、ちらちらと散る白鳥毛。ふれさどっこい、ふれさどっこい。袖はひらひら、台傘も竪傘も恋風に靡いておくれ。ずんと伸ばしてしゃんと受けた柳腰、しなを作り振りを見せる流し目は、可愛らしさの宿入りである。
松の名所はさまざまに、あれ三保の松羽衣の、松にかけたる尾上の鐘よ、あひに相生夫婦松、中に緑のいとしらしさの姫小松、二かい三かい五葉の松、いく代重ねん千代見草、しほしほらしや
松の名所はさまざまである。ほら、三保の松には羽衣を掛け、松にかけた尾上の鐘よ。相生の夫婦松、そのあいだに緑もいとしい姫小松。二階三階と枝を重ねる五葉の松。いく代を重ねるであろう千代見草——しおらしいことよ。
西の海青木ヶ原の波間より、現れ出し神松に、降りつむ雪のあさかんかた、玉藻かるなる岸影の
西の海、青木ヶ原の波間より現れ出た神松に、降り積む雪の朝ぼらけ。玉藻を刈るという岸影の——。
松根に依てこしをすれば
松の根に寄って腰をおろせば——
千年の緑手に満てり、指す腕には悪魔を払ひ、納むる手には寿福を抱き、いり来るいり来る花の顔見世、貴賎の袂袖を連ね、さつさつの声を楽しむいさぎよや
千年の緑が手に満ちる。指し出す腕は悪魔を払い、納める手は寿福を抱く。入り来る、入り来る花の顔見世。貴賎の袂が袖を連ね、松風の颯々たる声を楽しむ——なんと潔いことよ。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。合方(〔合〕)の指示は省いている。資料の題名は『女夫松高砂丹前』、目次の題名は『高砂丹前』。
〔 〕で括った調子の名は原典のまま。
「丹前」は江戸初期の丹前風呂の湯女のもとに通った伊達者の風俗をいい、その伊達な扮装と伊達な所作を見せる一連の曲を丹前物という。
冒頭から二上りにかけては謡曲「高砂」の詞をほぼそのまま用いる。「高砂や木の下陰に尉と姥」「此の浦舟に打乗りて」は同曲の名高い一節。
「花槍」「白鳥毛」「台傘竪傘」は大名行列の道具立てで、丹前の伊達な立廻りの趣向に用いる。
三下りは松尽くし。三保の松(羽衣)、尾上の松(高砂)、相生の松、姫小松、五葉の松と名所と種類を並べる。「千代見草」は菊の異名だが、ここでは松の長寿に掛けて用いている。
「松根に依って腰をすれば千年の緑手に満てり」は『和漢朗詠集』の句。松の根方に座れば千年の緑がそのまま手に満ちるという意で、長寿を寿ぐ。
「顔見世」は江戸の芝居で、その年の座組を披露する十一月の興行。この曲がその祝儀に演じられたことを示す。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。