道行旅路の嫁入みちゆきたびじのよめいり
清元 別題『おかげ参り』 三枡屋二三治 作(原典の記載による) 作曲者・初演年不詳

『仮名手本忠臣蔵』八段目の道行を清元に写し、後半に「おかげ参り」の趣向を加えた一段。前半は、加古川本蔵の娘小浪と母が、許嫁の大星力弥のもとへ押しかけの嫁入りに、乗物もやめて二人連れで東海道を上る。遠目の富士、浮島が原、三保が崎、行き違う大名行列をうらやみ、道の大石小石を夫に見立てて、添い寝と子守唄の先を夢みる。後半は趣が変わり、興津の宿で、向こう鉢巻の女の魚荷の軽子と、伊勢のおかげ参りの旅人が行き合う。道連れを誘う旅人を相撲の手でいなす軽子のやりとり、茶屋の酒での泣き上戸・腹立ち上戸・笑い上戸の騒ぎ、染め模様を誂える小唄と続き、三島明神の神楽の音に驚いて、道連れとなって急いで行く。別題『おかげ参り』はこの後半による。仮名書きの多い『柏葉集』の本文に漢字を当てた。
あらすじ
淵も瀬と変わる浮世の習い。塩冶家との縁を頼みに、加古川家の娘小浪と母は、聟の力弥のいる山科へ、乗物もやめて二人連れで上ってゆく。初めての道中は富士も双六の絵でしか知らず、心は先へ急ぐ。浮島が原、三保が崎。行き違う大名行列を見て、世が世なら晴れの嫁入り行列をと羨み、つまずいた小石を夫と見立てて、添い寝の末の子守唄まで夢みる。興津の宿では、女だてらに魚荷をかつぐ軽子と、伊勢のおかげ参りの旅人が出会う。道連れにと誘う旅人を、軽子は相撲の手でいなす。茶屋の酒で丼が割れると、泣き上戸は娘を思って泣き、腹立ち上戸は怒り、笑い上戸は「物が殖えるのはめでたい」と笑い転げる。染め模様の小唄のあと、三島明神の神楽の音に驚いて、二人は道連れとなって急いで行く。
詞章と現代語訳
誰がいふた言の葉草も飛鳥川〔合〕淵も知行も瀬と変る、浮世の中の習ひとて
誰が言い出した言の葉か、飛鳥川の淵も瀬に変わるように、扶持も知行も移り変わるのが浮世の習いとて。
結ぶ塩谷の縁あらば、慕ふて上る加古川の、娘小浪が物思ひ
塩冶家と結んだ縁があるならばと、慕って都へ上る加古川家の娘、小浪の物思い。
母の思ひは山科へ、聟の力弥を力にて、押て嫁入の乗物も、やめて親子の二人づれ
母の思いは山科へ。聟の力弥を頼みにして、押しかけての嫁入りに乗物もやめ、母と娘の二人連れ。
遠目に富士の景色さへ、今を始めの道中は、双六の外白雲の
遠目に見る富士の景色さえ、いまが初めての道中は、道中双六の絵のほかは知らぬ——白雲の。
心は先へ都へと、急ぐ徒路の足元は、気も浮島が原、三保が崎
心は先へ、都へと急ぐ徒歩の旅路の足もとは、気も浮き立つ浮島が原、三保が崎。
続く並松街道を、狭しと打つたる行列は
続く並木の松の街道を、狭しと練ってゆく大名行列は。
どの国司か知らねども、アゝいらやまし、世が世であらふ物ならば、一度の晴と花飾る、伊達をする駿河路差しかゝり
どこの国守の行列か知らないが、ああ、うらやましい。世が世であるならば、一生に一度の晴れと花を飾り、伊達をする——駿河路に差しかかって。
躓く石場大石や、小石拾ふて我夫と、撫でつ擦りつ手に取つて、やがて殿御と添寝して、二人が中に赤子産んで
つまずく石場の大石や、小石を拾ってわが夫と、撫でたりさすったり手に取って——やがては殿御と添い寝して、二人の仲に赤子を産んで。
ねんねんねんねこせ、ねんねが守は何処へいた〔合〕山を越えて里へいた
ねんねん、ねんねこせ。ねんねの子守はどこへ行った。山を越えて、里へ行った。
まだ宿次も遥かなる、山科さしてぞ辿り行く
まだ宿場も遥かに遠い山科をさして、たどって行く。
短夜に、よがな興津のおかづけは、そぐはぬなりの魚荷持ち
短い夏の夜に、「よがな」興津の「おかづけ」は、姿に似合わぬ魚荷持ち。
女子だてらに諸訳さへ、言ひ訳いはつ謝らぬ、向ふ鉢巻なんのその
女だてらに、もののわけさえ心得て、言い訳も(「いはつ」)謝りもしない向こう鉢巻、なんのその。
あいがなア、とふけりやなア〔合〕エヽ立場が長い、継場継場で〔合〕酒酒とエヽ、その気散じも天井抜け
「あいがなあ、とおけりゃなあ」——ええ、立場(休み場)までは長く、継ぎ場継ぎ場で「酒、酒」と、ええ、その気散じも底抜け。
女の名さへかることは、なぜ深川で付けたやら、そんな無駄口沖の石
女の名にさえ「かるこ」とは、なぜ深川でつけたのやら。そんな無駄口は——沖の石(知る人もない)。
可愛男の仕事の代り
かわいい男の仕事の代わりに。
問屋の什切、算盤の玉は御存じ、大和屋の家名もついの菅笠に
問屋の仕切り(原典は「什切」)、算盤の玉はご存じのとおり。大和屋の家名も、「つい」の菅笠に。
伊勢参宮の目印は、今度この度阿波の国、まめお祓いの御託宣、てんとおてんと天から降つた天人か〔合〕
伊勢参宮の目印は、このたび阿波の国の「まめ」お祓いのご託宣。てんと、お天道さまの天から降った天人か。
三保のあたりであらふかと〔合〕聞いて後から御贔屓受けて、おかげ参りは皆様へ、お礼にちよつと旅がけの、連になるみの染浴衣〔合〕
三保のあたり(羽衣の天人)のことかと聞いて、あとからご贔屓を受けて、おかげ参りは皆さまへのお礼に、ちょっと旅がけの道連れになる——鳴海絞りの染め浴衣。
色気ないとて苦にやせまいもの、サツサ隠して鉄漿付けた、コノしよんでこへ〔合〕
色気がないとて苦にはしまいもの。さっさ、隠して鉄漿(お歯黒)をつけた、このしょんでこえ。
鉄漿付て笠の、サツサ締緒で隠す、しよんでこへ
鉄漿をつけて、笠の、さっさ、締め緒で隠す、しょんでこえ。
浮立つ心の面白酒や〔合〕此処も所の名物に、名代の二人打連れて、中よくこそは来りける
浮き立つ心の面白い酒。ここもその土地の名物に、名の知れた二人が連れ立って、仲よくやって来た。
コウ姉さん、見りやおめへは女の身として、こりやどふいふ訳だへ
こう、姉さん。見りゃおめえは女の身で、こりゃどういうわけだえ。
サア、わたしや女子の軽子でござんすはいな
さあ、わたしは女の軽子(荷かつぎ)でござんすわいな。
ハアヽ、女の軽子といや、アノ江戸の深川や岡場所で言ふ女の名、そんなら女の魚荷の軽子かへ
はああ、女の軽子といやあ、あの江戸の深川や岡場所でいう女の名。そんなら、女の魚荷の軽子かえ。
アイ、そふでござんす、アノ私よりはお前さんはへ
あい、そうでござんす。あの、わたしより、お前さんは。
わしや今度伊勢のおかげ参りに出かけた旅人さ、コウ姉さん、なんとおめへは道連れになる気はねへかへ
「わしはこのたび、伊勢のおかげ参りに出かけた旅人さ。こう、姉さん、どうだえ、おめえ、道連れになる気はねえかえ」
そんな転合おかしやんせいな
そんな冗談、およしなさんせいな。
おどけ交りに言はしやんしても、こちは御亭の味知らぬ、得ては旅人が転合に、手を出したらば、こちらからぐつと抱へて押し出して、前から掛りや跳を取り、四つに渡らば腹櫓
おどけまじりにおっしゃっても、こちらは亭主の味も知らぬ身。とかく旅人がふざけて手を出したなら、こちらからぐっと抱えて押し出し、前からかかれば撥ねを取り、四つに組めば腹櫓。
モシ後から抱きつけば、おひなげしよいなげかいなぞり〔合〕足のいたづら〔合〕褄返し
もし後ろから抱きつけば、「おひなげしよいなげかいなぞり」、足のいたずら、褄返し。
なげの情は露程も、しらの気負いの娘肌、こつちはちよつと仇口に
かりそめの情けなど露ほども知らない、気負いの娘肌。こちらはちょっと浮いた口をきいて。
粋で小勇みで、めかさずすまさず、物数言はず、こふとふで〔合〕そこに情のある男、可愛ふなふて何とせう
粋で、ちょっと勇み肌で、めかしもせず気取りもせず、口数少なく、地味で落ち着いて——そのうえ情のある男。かわいくなくて、どうしよう。
回らぬ舌で、燭台や丼、火箸で南無三宝
(酔いが回って)回らぬ舌で、燭台や丼を火箸で打って、南無三宝。
そふに忽ち泣上戸
たちまち泣き上戸。
此丼の割れたのを見るにつけても娘がこと〔合〕今年十二で麻疹も軽く〔合〕流行り風さへハツクシヨ、引もせず、ツイ十三で此やうにと〔合〕しやくり上たる溜涙〔合〕
「この丼の割れたのを見るにつけても、娘のことが。今年十二で麻疹も軽くすみ、流行り風邪さえ、はっくしょ、引きもせず、つい十三でこのように」と、しゃくり上げる溜め涙。
側にはむつと
そばでは、むっとして。
エヽナヽヽ、何のこつたへ、此丼が割れたといつて〔合〕おむすの事で泣くならば、水瓶が割れたならば〔合〕さまの事で泣く気かよ〔合〕
「ええ、なな、何のこったえ。この丼が割れたからといって娘のことで泣くのなら、水瓶が割れたら、『さま』のことで泣く気かよ」
エヽイ、あた〔合〕外聞のと〔合〕腹立上戸
「ええい、あた外聞の悪い」と、腹立ち上戸。
笑ひ上戸は吹出し
笑い上戸は吹き出して。
フウフヽ
ふうふふ。
フウフヽ、こいつはいゝぜいゝぜ、ハヽヽヽ、腹を立つたり泣いたりして、どふもこふも言へねへ言へねへと、ハヽハヽハヽ ヽ ヽ ヽ、何でも物の殖へるのは〔合〕目出度い事ではごんせぬか〔合〕
「ふうふふ。こいつはいいぜ、いいぜ、ははは。腹を立てたり泣いたりして、どうもこうも言えねえ言えねえと、ははははは……。何でも物の殖えるのは(割れて数が殖えたのは)、めでたいことではござんせぬか」
それに涙を零したり〔合〕筋を出したり
それを、涙をこぼしたり、青筋を立てたり。
ハヽおいたゝ、ハヽおいたゝ
「はは、おいたた」「はは、おいたた」(笑いすぎて腹が痛い)。
ハヽハヽハヽヽヽハヽヽヽヽおいたたゝゝゝ〔合〕わけ生酔の〔合〕しどもなく騒ぎ、一座の浮立ちて
はははは……おいたたたた。わけても生酔いの、しどけなく騒いで、一座は浮き立って。
さまによエイコノ、さまにやろとて手織の木絹を、新田緋屋へ誂へた〔合〕なじよなじよなじよなじよ染めるゑ〔合〕
あの人に、えいこの、あの人にやろうと、手織りの木綿(原典は「木絹」)を新田の紺屋(原典は「緋屋」)へ誂えた。なじょ、なじょ——どう染めるえ。
桐に鳳凰〔合〕竹に虎〔合〕いつも離れぬ〔合〕判じ物へ〔合〕
桐に鳳凰、竹に虎——いつも離れぬ取り合わせの判じ物え。
そりやまたいしこい注文だ、ついでに摺粉木摺粉鉢、これも放れぬ染模様、面白や
「そりゃまた大層な注文だ。ついでに擂粉木と擂鉢——これも離れぬ染め模様」。面白いことよ。
モシ、あの音は何でござんすへ
もし、あの音は何でござんすえ。
ありや三島の明神様の神楽よ
ありゃ三島の明神さまの神楽よ。
わたしやびつくりしたはいな
わたしはびっくりしたわいな。
サア行やせう
さあ、行きやしょう。
此処に三島の神垣や、幸ひありや道連れと、足を早めて急ぎ行く
ここに三島の神垣——幸いあれと、道連れになって足を早め、急いで行く。
この曲は詞章の出典が他の清元と異なる。国書刊行会『徳川文芸類聚』第九 俗曲上所収『柏葉集』の本文(著作権消滅)による。目次の題名は『〔八段目〕道行旅路の嫁入(おかげ参り)』、本文の題名は『〔忠臣蔵/八段目〕道行旅路の嫁入』。原典に「作者 三枡屋二三治」とある。
原典は仮名書きが多いので、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。原典が漢字で書いている字はそのまま残した(「女子」「旅人」は読みを定めがたいので、ふりがなを付けていない)。
『仮名手本忠臣蔵』八段目は、加古川本蔵の妻戸無瀬と娘小浪が、許嫁の大星力弥との祝言を求めて山科へ向かう道行。詞章に母の名は出てこない。「塩谷」は塩冶判官の家、「大石や小石」は大星由良之助・力弥の父子(大石内蔵助・主税がもと)を掛けたと見られる。
原典の〔紋三郎/紫小松出〕〔粂三耶出〕〔簑助出〕は役者の出を示す注記なので、本文には入れなかった。〔粂三耶〕は〔粂三郎〕の写し誤りか。台詞の話し手は、原典では役者の名で〔粂〕〔みの助〕〔みの〕と記されているので、内容から〔粂〕を〔軽子〕、〔みの助〕〔みの〕を〔旅人〕に置き換えた。「大和屋の家名」は、粂三郎の岩井家の屋号を詠み込んだものと見られる。
「軽子」は荷を担いで運ぶ人足。「おかげ参り」は、伊勢神宮へ多くの人が群れをなして参った参詣で、天からお札が降ったという噂がきっかけになったと伝わる。文政十三年の大流行は阿波から起こったとされる。後半の「前から掛かりや跳を取り、四つに渡らば腹櫓」「褄返し」などは、相撲の手に見立てたいなし方。
酒の席の段は、泣き上戸・腹立ち上戸・笑い上戸の三人上戸の趣向。泣き上戸が娘を思って泣くくだり(「つい十三でこのやうに」)は、娘を亡くしたとも、嫁がせたとも読めて、断じきれない。訳は原典の言い方のまま残した。
繰り返し記号は、直前の語句を繰り返すものとして展開した(ねん/\、つぎ場/\、さけ/\、いへねへ/\、なじよ/\/\)。どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。「ハヽハヽハヽ ヽ ヽ ヽ」の空白と「ヽ」、「おいたたゝゝゝ」などの笑い声は原典のまま残した。
原典の用字の誤りらしきものも直さず残した。「問屋の什切」の「什」(仕の誤りか)、「手織の木絹」の「木絹」(木綿の誤りか)、「新田緋屋」の「緋屋」(紺屋の誤りか)、「アゝいらやまし」(うらやましの誤りか)。「中よく」「徒路(かちじ)」「駿河路(するがじ)」「言うなら」の仮名遣いも原典のまま。
掛け言葉が多い。「淵も知行も」は飛鳥川の淵瀬に扶持を掛ける。「双六の外白雲の」は「知らぬ」に白雲を掛ける。「伊達をする駿河路」は「する」に駿河を掛ける。「連になるみの染浴衣」は「成る身」に鳴海絞りを掛ける。「沖の石」は「人こそ知らね」の歌による言い回しと見た。
語義を定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「よがな」「おかづけ」、「言ひ訳いはつ」の「いはつ」、「あいがなア、とふけりやなア」、「まめお祓い」の「まめ」、「ついの菅笠」の「つい」(対の、とも終の、とも読める)、「しよんでこへ」、「おひなげしよいなげかいなぞり」(相撲の手の名を並べたかと見える)、「なげの情」「しらの」、「こふとふ」(地味で落ち着いたさまの意と見た)、「そふに」、「さまの事」、「あた外聞」、「わけ生酔」、「いしこい」(大層なの意と見た)、「なじよ」(どう、の意と見た)。
流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。