越後獅子えちごじし
松井幸三 作詞 九世杵屋六左衛門 作曲 文化八年(一八一一)三月 江戸中村座

変化舞踊「<ruby>遅桜手爾葉七字<rt>おそざくらてにはのななもじ</rt></ruby>」の一。三世中村歌右衛門初演。全曲が三下りで通される珍しい構成で、越後から江戸へ出稼ぎに来た角兵衛獅子の少年を主人公とする。
あらすじ
越後から出て来た角兵衛獅子が、太鼓を打ち鳴らして門付けの芸を見せる。ひとり旅の身の上を語り、国に残した女房を照れながら褒め、故郷の訛りや小千谷縮など越後の名物を並べていく。中ほどは越後の民謡「甚句」「おけさ節」を取り入れた郷愁の一段。終わりの「晒し」では、白い布を手にくるくると繰り、江戸の人だかりの喝采のなかを故郷へ帰っていく。
詞章と現代語訳
打つや太鼓の音も澄み渡り、角兵衛角兵衛と招かれて、居ながら見する石橋の、浮世を渡る風雅者
打ち鳴らす太鼓の音が澄み渡る。「角兵衛、角兵衛」と呼び招かれて、その場に居ながらにして石橋の獅子の舞を見せる。世をわたっていく風流な芸人である。
諷ふも舞ふも囃すのも、一人旅寝の草枕
唄うのも舞うのも囃すのも、みなひとりでこなす。旅寝を重ねる草枕の身の上だ。
おらが女房を褒めるぢやないが、飯も焚いたり水仕事、麻撚るたびの楽しみを、独笑みして来りける
自分の女房を褒めるわけではないが、飯も炊けば水仕事もし、麻を撚る手仕事もする。そんな暮らしの楽しみを思い出しては、ひとり顔をほころばせながらここまで来たのだった。
越後がた
越後のほう——遠い故郷の方角よ。

お国名物さまざまあれど、田舎訛りの片言交り、しらうさになる言の葉を、雁の便りに届けて欲しや
お国の名物はいろいろあるけれど、田舎訛りの片言まじり。恥ずかしくなるような自分の言葉を、それでも雁の便りに託して故郷へ届けてほしいものだ。
小千谷縮の何処やらが、見え透く国の習ひにや、縁を結べば兄やさん、兄ぢやないもの
小千谷縮の織地のように、どこか透けて見えてしまうのが国の習わしなのか。縁を結べば「兄さん」と呼ぶけれど——いや、兄などではない。
夫ぢやもの
夫なのだから。

来るか来るかと浜へ出て見れば、のほいの、浜の松風音やまさる、さやとかけのほい、まつがとな
来るか来るかと待ちかねて浜へ出てみれば、——ただ浜の松風の音ばかりが高くなる。(「のほいの」「さやとかけのほい」は囃し詞)
好いた水仙好かれた柳、のほいの、心石竹気はや紅葉サ、やつかけのほい、まつかとな
惚れたのは水仙、惚れられたのは柳。心は石竹(なでしこ)のように、気はもう紅葉のように色づいて——花の名を並べて恋心をうたう囃し唄。
辛苦甚句もおけさ節
辛苦を唄い込んだ甚句も、また、おけさ節も。

何たら愚痴だへ、牡丹は持たねど越後の獅子は、おのが姿を花と見て、庭に咲いたり咲かせたり
なんという愚痴だろう。牡丹の花こそ持たないけれど、越後の獅子は自分の姿こそを花と見て、この庭に咲いてみせよう、咲かせてみせよう。
そこのおけさに否こと言はれ、寝まり寝まらず待明かす
そこのおけさ(娘)につれない返事をされて、寝るとも寝ないともつかぬまま、夜を明かしてしまった。
御座れ話しませうぞ、こん小松の蔭で、松の葉のよにこん細やかに、弾いて唄ふや獅子の曲
おいでなさい、語り合いましょう。この小松の蔭で、松葉のように細やかに——そう唄いながら弾く、獅子の曲。

向ひ小山の篠竹、いた節揃へて切りを細かに、十七が室の小口に昼寝して、花の盛りを夢に見て候
向かいの小山の篠竹を、節を揃えて細かに切り——十七の娘が部屋の入口で昼寝をして、花の盛りの夢を見ていることよ。
見渡せば見渡せば、西も東も花の顔、いづれ賑はふ人の山、人の山
見渡せば、見渡せば、西も東も花のような顔、顔。どこもかしこも賑わう人の山、人の山。
打寄する打寄する、女波男波の絶間なく、逆巻く水の面白や、面白や
打ち寄せる、打ち寄せる。大波小波が絶え間なく、逆巻く水のなんと面白いことよ、面白いことよ。

晒す細布手にくるくると、くるくると、いざや帰らんおのが栖へ
水に晒す細い布を、手にくるくると、くるくると繰りながら——さあ帰ろう、自分の住み処へ。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。合方(〔合〕)の指示は省いている。
「角兵衛獅子」は越後(新潟)月潟村を本拠とし、少年が獅子頭をつけて逆立ちや跳躍の曲芸を見せた門付け芸。江戸で人気を博した。
「石橋」は文殊菩薩の霊地・清涼山の石橋で獅子が舞う能の曲。獅子物の本歌として引かれる。
「小千谷縮」は越後小千谷の麻織物。雪に晒して仕上げることから、後段の「晒し」に繋がる。
「甚句」「おけさ節」はいずれも越後の民謡。当時の流行歌をそのまま取り込んだのがこの曲の趣向で、「のほいの」「やつかけのほい」などは意味を持たない囃し詞。
終わりの「晒し」は布を水に晒す所作を写した舞踊の見せ場で、後の多くの曲に影響を与えた。
流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同がある。演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。