賤機帯しずはたおび
杵屋三郎助 述 本名題「八重霞賤機帯」 隅田川物

人買いにさらわれた我が子を尋ねて隅田川へ下った母が、渡し場で狂女となる。舟人にはやされての狂乱から、末は梅若の祭を寿いで結ぶ。
あらすじ
名にし負う東の隅田川。武蔵野と下総を隔てぬ春の色に桜が浮かび、不二の雪、柳に沈む筑波山、紫匂う八重霞。錦のここに都鳥が飛ぶ古跡の渡し。春の空も霞の瀧の糸のように乱れて、名をも流してしまいそうだ。笹の小笹の風を厭い、花のように愛でた幼子が人買いにさそわれて、行方はどこかと白木綿の神に祈り、その道を尋ねる。浮き漂う岸辺の舟のように焦がれて「わが思い子はいるかいないか」と狂乱し、正体もない姿があやしい。舟人はこれを見て「よい慰みだ」と戯れ、「気違いよ気違いよ」と手を打って囃す。狂女は振り返って「ああ気違いとは無情な、物に狂うのは私ばかりか。鐘に桜の物狂い、嵐に波の物狂い、菜種に蝶の物狂い——その三つの模様を縫って、いとしい我が子に着せたい」と嘆く。綾瀬川、関屋の里、橋場の土手づたいを往きつ戻りつ、「尋ねる我が子はどこぞや、教えてたべ」と夕潮に呼びかける。舟長はなお拍子に乗って「その持っている掬い網で面白く花を掬えば、恋しい人の在処を教えよう」と言う。「何、花を掬えとか。いでいで掬わん」——心ない川風よ、人の思いも白波に散り浮く花を掬い集めよう、心して吹け川風。沖の鴎が散り散り、むらむらとはっと乱れる黒髪も、取り上げて結う人はない。舟長も今は気の毒がって立ち上がる。二上りでは「そもそもおまえは誰の子か、尋ねさまようその姿は見る目も憂い」と諫め、音頭にのせて鼓を引き締め鞨鼓を打つ。面白い春の景色は筆にも尽くせない。霞のまにまに桜、雲と見えたのは三芳野の川の瀧つ瀬。風に乱れる糸桜、いとし可愛の児桜、慕い重ねた八重桜、一重桜の花の宴。千里も薫る梅若の宮に恵みを仰ぎ、神風の吹く今日は日和よしの祭、御神楽を奏して君が代の久しからんことを祝う氏人であった。
詞章と現代語訳
名にし吾妻の隅田川
名にし負う、東の隅田川。
その武蔵野と下総の、詠へだてぬ春の色、桜にうかう不二の雪
武蔵野と下総を隔てぬ眺めのうちに春の色。桜の向こうに浮かぶ富士の雪。
柳に沈む筑波山、紫匂ふ八重霞、錦をここに都鳥、古跡のわたりなるらん
柳の向こうに沈む筑波山、紫に匂う八重霞。錦を敷いたようなここに都鳥が飛ぶ——古跡の渡し場であろう。
春もくる空も霞の瀧の糸、乱れて名をや流すらん
春も来る空も霞んで、その霞は瀧の糸のように乱れ、わが名をも流してしまうことだろう。
笹の小笹の風いとひ、花と愛でたる幼童子が、人商売にさそはれて、行方いづくと白木綿の、神に祈の道たづね
笹の小笹に吹く風さえ厭うほど、花のようにいつくしんだ幼子が人買いに誘われて——行方はどこかと、白木綿を捧げる神に祈り、その道を尋ねる。
浮きて漂ふ岸根の舟の、焦れ焦れていざ言問ん、わが思ひ子のありやなしやと狂乱の、正体なきこそあやなけれ
浮いて漂う岸辺の舟のように、焦がれに焦がれて——さあ問おう、わが思い子はいるかいないかと狂乱する。正体もないその姿こそ、あやしくも痛ましい。
船人是を見るよりも、ヨイ慰みと戯れの、気ちがひよ気ちがひよと手を打ちたたき、はやすにぞ
舟人たちはこれを見るなり「よい慰みだ」と戯れて、「気違いよ、気違いよ」と手を打ち叩いて囃したてる。
狂女は聞いて振りかへり、アア気違とは曲もなや、物に狂ふはわればかりかは
狂女はそれを聞いて振り返り、「ああ、気違いとは無情な言いよう。物に狂うのは、わたし一人でありましょうか」
鐘に桜のもの狂ひ、嵐に波のもの狂ひ、菜種に蝶のもの狂ひ、三つの模様を縫にして、いとし我が子に着せばやな、子を
鐘に添う桜の物狂い、嵐に立つ波の物狂い、菜種に舞う蝶の物狂い——その三つの模様を縫い取って、いとしい我が子に着せてやりたい。その子を。
綾瀬川名にも似ず、心関屋の里はなれ、縁の橋場の土手づたひ、往きつ戻りつここかしこ、尋ぬる我が子は何処ぞや、教へてたべと夕潮に
綾瀬川——その名とは似ても似つかぬ乱れ心のまま、関屋の里を離れ、縁の橋場の土手づたいに往きつ戻りつ、あちらこちら。「尋ねる我が子はどこにおりましょう、教えてくださいまし」と夕潮に呼びかける。
船長猶も拍子にかかり、それその持たるすくひ網に、面白う花をすくひなば
舟長はなお調子に乗って——「それ、その持っている掬い網で、面白く花を掬ってみせたなら」
恋しと思ふ其の人の在処を教へまゐらせん
「恋しいと思うその人の在りかを、教えてさしあげよう」
何おもしろう花をすくへとか、いでいで花をすくはん
「なに、面白く花を掬えとおっしゃるか。いでいで、花を掬いましょう」
あら心無の川風やな、人の思ひも白波に、散り浮く花をすくひ集めん、心して吹け川風
ああ、なんと心ない川風であろう。人の思いも白波に——散り浮く花を掬い集めよう。心して吹いておくれ、川風よ。
沖の鴎のちりやちりちり、むらむらはつとはつと乱るる黒髪も、取上げて結う人もなし
沖の鴎は散り散り、むらむらと、はっと乱れ立つ。その乱れる黒髪も、取り上げて結ってくれる人はいない。
船長今は気の毒さ、何がなしほにと立上り
舟長も今はさすがに気の毒になって、何とかしてやろうと立ち上がる。
そもさてもわごりよは誰人の子なれば、何程の子なれば、尋ねさまよふ其の姿、見る目も憂しと諌むれば
「そもそも、そなたは誰の子ゆえに、どれほどの子ゆえに、尋ねさまようのか。その姿は見るのも辛い」と諫めれば。
音頭音頭と戯れの、鼓の調べひきしめて、鞨鼓打て見せうよ
「音頭よ、音頭よ」と戯れて、鼓の調べを引き締めて、鞨鼓を打って見せようぞ。
面白の春の景色や、筆にもいかで尽さん、霞のまにはかば桜、雲と見えしは三芳野の、吉野の川の瀧津瀬や
面白い春の景色よ。筆にどうして尽くせよう。霞のあいだにほのかな桜、雲かと見えたのは三芳野——吉野の川の瀧つ瀬である。
風に乱るる糸さくら、いとし可愛の児桜、慕ひ重ねし八重桜、一重桜の花の宴いとしらし
風に乱れる糸桜、いとしく可愛い児桜、慕い重ねた八重桜、一重桜の花の宴——いかにもいとしいことである。
千里も薫る梅若や、恵を仰ぐ神風は、今日ぞ日よしの祭御神楽、君が代を久しかれとぞ祝ふ氏人
千里までも薫る梅若の宮よ。その恵みを仰ぐ神風の吹く今日は、日和もよい祭の日。御神楽を奏して、君が代の久しからんことを祝う氏人たちであった。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。合方(〔合〕)の指示は省いている。
〔 〕で括った調子の名は原典のまま。
「賤機帯」は駿河の賤機山にちなむ細く長い帯の名で、子を思う母の心の長さに掛ける。能「隅田川」に取材した隅田川物の一つ。人買いにさらわれた我が子・梅若丸を尋ねて京から東国へ下った母の狂乱を描く。
「人商売」は人買い。「白木綿の神」は白い木綿を捧げて祈る神で、旅の無事を祈願する。
「綾瀬川」「関屋」「橋場」はいずれも隅田川周辺の地名。「綾瀬川名にも似ず」は、綾(美しい模様)の名に似ぬ乱れ心をいう。「都鳥」は在原業平の東下りの歌により、都を恋う心をあらわす。
「鐘に桜」は道成寺、「嵐に波」は松風、「菜種に蝶」は胡蝶——いずれも物狂いの趣向をもつ能や舞踊の名を並べ、その模様を我が子の着物に縫いたいという。
末尾の「梅若」は梅若丸を祀る木母寺(東京都墨田区)の梅若権現。毎年三月十五日の梅若忌には大念仏が営まれた。母の狂乱から一転して、その霊を祀る祭の賑わいと御代の栄えを寿いで結ぶ。
作曲年・初演は原典に記載がない。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。