藤娘ふじむすめ
勝井源八 作詞 四世杵屋六三郎 作曲 文政九年(一八二六)初演

変化舞踊「歌へすがへす余波大津絵」の一。大津絵から抜け出た藤の精が、藤の枝を担い塗笠をかぶって恋を語る。長唄舞踊の代表曲。
あらすじ
大津絵の画中から抜け出た藤の精が、藤の枝を担ぎ黒い塗笠をかぶって現れる。松にからむ藤に女の情を重ね、酒に酔いながら男の心変わりを恨み、睦言を語り、やがて夕暮れの霞のなかへ名残を惜しんで去っていく。長唄では「藤音頭」と呼ばれる一段が中心で、酔いの色気と可憐さが同居する。
詞章と現代語訳
若紫に十返りの 花をあらはす松の藤浪
若紫の色に、十返りの花を咲かせる松。そこにからむ藤の花房が、波のように揺れている。
人目せき笠塗笠しゃんと 振りかたげたる一枝は
人目を避ける塗笠をしゃんとかぶり、振りかたげて担いだ藤の一枝は——
紫深き水道の水に 染めてうれしきゆかりの色の
紫の色濃く、水道の水に染めた、その嬉しい「ゆかり」の色。

いとしと書いて藤の花 エエ しょんがいな 裾もほらほらしどけなく
「いとし」と書いて藤の花と読む。ええ、しょんがいな。裾もほらほらと、しどけなく乱れて。
藤の花房 色よく長く 可愛いがろとて 酒買うて 飲ませたら
藤の花房よ、色よく長く。可愛がってやろうと酒を買って飲ませたら——

うちの男松に からんでしめてても さても 十返りという名のにくや かへるといふは忌み言葉
うちの男松にからみついて締めつけてやるのに。それにしても「十返り」という名の憎らしいこと。「かへる(帰る)」というのは忌み言葉なのに。
たち帰らで きみとわれとか おお嬉し おおうれし
帰らずにいて、あなたと私と。ああ嬉しい、ああ嬉しい。

松を植ゑよなら 有馬の里へ 植ゑさんせ
松を植えるのなら、有馬の里へ植えなさいな。
いつまでも 変はらぬ契りかいどり褄で よれつもつれつまだ寝がたらぬ
いつまでも変わらぬ契り。掻取の褄をとって、よれつもつれつ、まだ寝足りない。

宵寝枕のまだ寝が足らぬ 藤にまかれて寝とござる
宵寝の枕にまだ寝足りない。藤にまかれて寝ていらっしゃる。
アア何としょうかどしょうかいな わしが小枕お手枕
ああ、どうしようこうしようか。わたしの小枕、あなたのお手枕。

空も霞の夕照りに 名残惜しむ帰る雁がね
空も霞む夕映えのなか、名残を惜しんで雁が帰っていく。
詞章は前回の会のリーフレットに用いた本文(一部省略)。全曲版が要る場合は稽古本から補う。
「十返り」は松が十度色を変えるほどの長い年月。同時に「帰る」を掛けて、去ってほしくない気持ちを言う。
「藤音頭」は中ほどの酒宴めいた一段。上方の音頭の節を取り入れた、この曲の眼目。
「男松」は葉の太い黒松。藤がからむ相手として、男に見立てる。
「有馬の里」は摂津の有馬。松の名所で、「待つ」に掛けて末長い契りを願う。
流儀・稽古本によって字句に異同がある。演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。