蓬莱ほうらい
杵屋六三郎 述

秋草に寄せた恋の情を綴り、末は蓬莱の殿作りを見あげて、松が枝の鶴に琴の音を聞くという祝儀仕立ての小品。
あらすじ
うららかな日の色が染めて、木の間にも葉ごとの花が綾錦。重ねた縫いの伊達模様を着馴れた山姫は、人の眺めの迷い草。結びかねた空解けの帯は、いっそ浮気なそよ風か。恨んで煙る塩竈のように、胸に焚く火は消えかねる——ええ、どうしよう。仇し仇波は寄せては返す岩枕、浮名はぱっと立つ鳥の、塒を慕う恋の山。本調子に転じて、萩の白露に起き伏し辛い色と香。茂って深い床のうち、今朝の別れに袖を濡らす。招く芒はあだ者よ、女郎花はあじな気になる花の色。褪めぬ桔梗の可愛らしさ——うつつないことよ。眺めても尽きせぬ殿作り、まことに蓬莱を見あげれば、高い調べの松が枝に、琴を弾くような鶴の足取りである。
詞章と現代語訳
うららかな、日の色そみて木の間にも、葉毎のはなの綾錦、重ねし縫の伊達模様
うららかな日の色が染めて、木の間にも葉ごとの花が綾錦のよう。幾重にも重ねた縫い取りの伊達模様である。
着つつなれにし山姫は、人の眺の迷ひ草、結びかねたる空解は、いつそ浮気なそよ風や
その錦を着馴れた山姫は、人の目を迷わす迷い草。結びかねてひとりでに解ける帯は、いっそ浮気なそよ風のせいであろうか。
うらみてけむる塩竃は、胸に焚く火の消えかねる、エエ何とせう
恨んで煙る塩竈のように、胸に焚く火は消えかねる。ええ、どうしたらよいのか。
仇しあだ浪、寄せてはかへす岩枕、浮名はぱつとたつ鳥の、塒を慕う恋の山
仇し仇波が寄せては返す岩枕。浮名はぱっと飛び立つ鳥のように広まり、その鳥が塒を慕うように、恋しさは山ほどである。
萩のしら露起き伏し辛き、色と香の茂りてふかき床のうち、今朝の別れに袖ぬらす、しよんがへ
萩の白露のように、起きても伏しても辛い。色と香の茂って深い床のうち——今朝の別れに袖を濡らす。しょんがえ。

招く芒は徒者よ、女郎花、あじな気になる花の色、さめぬ桔梗の可愛らし、しよんがへ、うつつなや
手招きするような芒はあだ者よ。女郎花——なんとも気になる花の色。褪めることのない桔梗の可愛らしさ。しょんがえ、うつつないことよ。
詠めつきせぬ殿作り、実に蓬莱を見あぐれば、高き調の松が枝に、琴弾くやうな鶴のあしどり
眺めても眺めても尽きない殿作り。まことに蓬莱の山を見あげれば、高く澄んだ調べの響く松が枝に、琴を弾くような鶴の足取りが見える。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。合方(〔合〕)の指示は省いている。
〔 〕で括った調子の名は原典のまま。
「蓬莱」は東海にあるという不老不死の仙人の島。転じて、鶴亀や松竹梅を配した祝儀の飾り物(蓬莱台)をもいう。曲名はその蓬莱を見あげる結びの一節による。
「山姫」は山を司る女神。秋の紅葉を織り出す者とされ、ここでは錦の衣を着た姿に見立てる。
「空解け」はひとりでに解ける結び目。恋の予兆とされた。
「塩竈」は塩を焼く竈。煙が立つことから「恨み」「胸を焦がす」の縁語として用いる。
「しょんがえ」は当時の流行唄の囃子詞。
作曲年・初演は原典に記載がない。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。