草ずり曳くさずりびき
荻江節 曽我物・草摺引物

兄の仇討ちへ駆け出そうとする曽我五郎時致の鎧の草摺を、朝比奈三郎義秀が引きとめる。荒事の力比べを、洒落と滑稽をまじえて描く。他の曲と異なり『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。
あらすじ
走りかかって草摺を掴み、春の初めの寿ぎとばかりに引き合う。引いても動かぬ金輪際の生え抜き、大々神楽で天の岩戸を引き捨てた神さながら。盤石の身は若衆であろうと動かず、朝比奈も持て余す。洒落が高じて喧嘩の種となり、取り持ちの掛け合いに。別足を踏みしめて駆け出そうとする時致を朝比奈がせり上がって押しとどめ、腕骨を引き抜くかと力比べ。ついに草摺は三枚引きちぎれ、双方ぱっと退く。古今の勇力よと、貴賤上下みな恐れ入る。
詞章と現代語訳
走りかかって草摺を、春のはじめの寿と、引っ引くとも引っちょうべい、勝っ引くとも勝ってふべい
走りかかって鎧の草摺を掴む。春の初めの寿ぎとばかりに——引くなら引いてみよ、勝つなら勝ってみよ。
引けど、動かぬ金輪際よりはへぬきの、しかも、大々神楽で、天の岩戸を、引きすて給ふおもしろや
引いても動かぬ。金輪際——大地の底からの生え抜きのごとく。しかも大々神楽で天の岩戸を引き捨てられた神さながらの力よ、面白いことだ。
身は盤石の、お若衆なりともあくまで、引かば動かじ
この身は盤石。相手がいくらお若い衆であろうと、どれほど引かれても動くものか。
動く気色はなかりけり、朝比奈ほっとも手あまし、しゃれが高じて喧嘩の種よ、扱ひになりすました
動く気配はまるでない。朝比奈もほとほと持て余す。洒落が高じて喧嘩の種となり、仲裁の掛け合いという格好になった。
しゃんしゃん
しゃんしゃん。(手打ちの音)
下に見えるは奴でごんすかの、てもよく似たつり髭じゃ、髭が似たとて奴でごんすなら、どぢょう鯰が、みんな奴で奴でごんすかの、しゃ、ほんにおかしなことでごんすかの
下に見えるのは奴でございますかの。いやまあ、よく似た釣り髭じゃ。髭が似ているというだけで奴だというのなら、泥鰌や鯰もみんな奴でございますかの。いやはや、ほんにおかしなことでございますよ。
別足踏みしめ時致は、はや駆け出でんとするところを、朝比奈なほもせり上り、引くにとまらばこらえて見よ
足を踏みしめて、時致がいまにも駆け出そうとするところを、朝比奈がなおもせり上がって——引いて止まるものなら、こらえてみよ。
モサモサモサモサ
もさもさ、もさもさ。(掛け声)
持ったる腕骨引きぬくか、お力じまんのお若衆さま、こんこん拳がやれやれさてさて、くじけてのくかや、そこはなせ、なりゃせぬじゃまなる、つら憎や、はなせ、とめたとめた
掴んだ腕の骨を引き抜こうというのか、お力自慢のお若い衆よ。こんこんと固めた拳が、やれやれさてさて、くじけて退くのか。そこを離せ。ならぬ、邪魔だてを。憎らしい面よ。離せ。とめた、とめた。
万人のあららげて、草摺三枚引きちぎって双方へぱっとぞのいたりける
万人が声を荒らげるなか、ついに草摺は三枚引きちぎれて、双方ぱっと退いたのであった。
あっぱれ古今の勇力やと、貴賎上下押しなべてみな、恐れぬものこそなかりけれ
あっぱれ、古今に比類なき勇力よと、貴賤上下おしなべて、みな恐れ入らぬ者はなかったのであった。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、繰り返し記号は読みやすく展開した。原典の題名は「〔小林の朝いな/曽我の五郎〕草ずり曳」。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた箇所がある。
「草摺」は鎧の胴から下げて腰まわりを守る板。これを引き合うのが「草摺引」の見せ場。
曽我五郎時致が仇討ちに駆け出そうとするのを、小林朝比奈三郎義秀が引きとめるという趣向。荒事の力比べの代表的な型。
「金輪際」は大地の底、転じて「どこまでも」の意。「大々神楽」は神楽の最も盛大なもので、天手力男命が天の岩戸を引き開けた故事に掛ける。
「釣り髭」は歌舞伎の奴の作り物の髭。ここでは朝比奈の髭を茶化す滑稽な言い立て。
「荻江節」は長唄から分かれた座敷唄。この曲は長唄としても伝わる。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。