藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
清元

茶筅売ちゃせんうり

清元  本名題『詠梅松清元』  松井由輔 述 作曲者・初演年不詳

茶筅売 茶筅の荷と瓢箪
茶筅の荷と瓢箪

冬の京の町を、瓢箪を叩いて茶筅を売り歩いた鉢叩きの僧(茶筅売)と、黒木を下ろして牛を曳く小原女の道行に始まる曲。本名題『詠梅松清元』、松井由輔 述。冒頭は芭蕉の「長嘯の墓もめぐるか鉢叩」を踏み、霜・木枯しの冬の景のなか、二人は逢坂山の関で道連れとなる。中ほどは小原女が梅幸の流行り唄を聞かせ、関東の座頭と奥州の瞽女の掛け合いのおかしみ、筍・丸木橋・松の葉越しの文と、竹づくしの踊り唄が続く。後半は一転、崇徳院の子を宿した白峰の内侍を平家方の関原が討とうとするところへ、怪しの忍びが内侍を救い出し、茶筅売と小原女はたちまち崇徳院の愛樹の老松と古梅の精となって正体を明かす。結びは清盛の悪を懲らしめ、北山風の吹く八百八町の顔見世を寿いで納める。

あらすじ

霜の置く冬の京。瓢箪を叩いて念仏を唱え、茶筅を売り歩く鉢叩きの僧が、黒木を下ろして牛を曳いて帰る小原女と道連れになる。小原女は坊さんをからかい、逢坂山の新しい関所は女は通れぬからと、ここで別れようとする。僧は雲水の身、また縁があれば逢おうと言い、世を捨てた身ながら瓢箪を見るにつけても凡夫の心と嘆く。小原女は七夕の雨の夜のように別れはつらいと引きとめ、梅幸の流行り唄をうたって聞かせる。僧も面白がって、関東の座頭と奥州の瞽女になって掛け合いを演じ、見えぬ同士が背中合わせに抱きつく滑稽を見せる。筍の俗謡、竹の丸木橋、松の葉越しの文と、にぎやかな踊り唄が続く。そこへ平家方の関原が、崇徳院の子を宿した白峰の内侍を捕らえて首を討とうとするが、身がすくんで刀が下ろせない。怪しの忍びが内侍を救って駆け去ると、茶筅売と小原女の姿はたちまち松と梅に変わる。二人は崇徳院の愛した老松と古梅の精で、遠流の院に代わって内侍を守っていたのである。精霊は枝を笞にして清盛の悪を懲らしめ、八百八町の顔見世を寿いで納まる。

詞章と現代語訳

ひとりおもひまくらかたり〔合〕せめてたのみのゆめさへも、あさころもしもの、唐土もろこし劉君りうくんが、あいせしをも黒牡丹くろぼたん〔合〕黒木くろきおろしてかへみち、ほうしやにせて茶筌売ちやせんうりつないとる、ほとけ御手みて他生たしやうにて、えん田舎ゐなかあぜづたひ、釈迦しやか涅槃ねはんます、みづばなのちや花香はなか〔合〕廿はたちひと喜撰きせんまで、しやがちゝ時鳥ほとゝぎすになればあかつきまでも、めぐめぐりて長嘯ちやうせうはかふるふるき、瓢箪へうたんせよ鉢叩はちたゝき

ひとり思いを枕に語り、せめて頼みの夢さえも、麻の衣に置く霜の——。かの唐土の劉君が愛した名をも黒牡丹(牛)、黒木を下ろしての帰り道。報謝に乗せて茶筅売、その曳く綱も糸に寄る。仏の御手も他生の縁、縁は田舎の畦伝い。釈迦の涅槃も目を覚ます、水の出花の茶の花香。二十の人の喜撰まで。「しゃが父に似た」時鳥、待つ身になれば暁までも、めぐりめぐりて——長嘯の墓も古りに古りた、瓢箪見せよ、鉢叩き。

エエなんぢやいなかしやんせ、いまでありながら、たしなましやんせばうさんと、こひにはひぞるふた文字もじかさあふぎかさね〔合〕衣紋えもんにそよと木枯こがらしや、せき此方こなた音信おとづれ

ええ、何じゃいな、置かしゃんせ。今はそのお身の上でありながら、たしなみなさんせ、坊さん——と、恋に「ひぞる」二つ文字、重ね扇に三つ重ね。衣紋にそよと木枯らしが吹いて、関のこちらに訪れて——

こゝ逢坂山あふさかやまあらたにてしのお関所せきしよ女子をなごくことならぬゆゑこれからおまへ歩路かちぢひろふてくださんせ

ここは名にしおう逢坂山。新たに建てたこのお関所は、女子は通れぬゆえ、これからお前は歩いて行ってくださんせ。

成程なるほど愚僧ぐそう雲水うんすゐうへこれよりひがしおもむけば、またえんあらばうひませう

なるほど、愚僧は雲水の身の上。これより東へ赴けば、また縁があれば逢いましょう。

そんならおまへ

そんなら、お前は——

不思議ふしぎえん道連みちづれも、ほとけもと凡夫ぼんぷなり

不思議な縁の道連れも——仏も、もとは凡夫である。

〔三下り〕

『そもわれいろに強ねたる世捨人よすてびとつきのみひとり昔顔むかしがほ〔合〕これもなみだたねふくべさけはなけれど瓢箪へうたんを、るにつけても凡夫心ぼんぷごゝろ

〽そもそも我は、色に「強ねた」世捨て人。月だけがひとり昔の顔。これも涙の種の瓢(ふくべ)、酒はないけれど、瓢箪を見るにつけても凡夫の心。

おもきづなむすんでは、御師の涅槃ねはん長枕ながまくら、これがわかれの辻占つじうら

思う絆に結んでは、御師の涅槃の長枕——これが別れの辻占と——

かんとするをおしへだ

行こうとするのを押しとどめ——

コレわかるゝとはにかゝる、七夕たなばたさんのあめは、につまされておいとしう御座ござる、こひといふうつのせて〔合〕うしにまでうきやつれ

これ、別れるとは気にかかる。七夕さまの雨の夜は、身につまされてお気の毒でござる。恋という字に移り香を乗せて、牛の背にまで憂きやつれ——

みじかはぬながし、こうじて苧田巻をだまきを、手繰たぐりくるまわだちなかよい同士どしとうたはるゝ、れがわたしねがひぞや

逢う夜は短く、逢わぬ夜は長い。来ぬ夜を困じて苧環を手繰り、くるくる回る車の轍——仲のよい者同士と唄われる、それが私の願いぞや。

コリヤア小原をはら殿どの芸子げいこおやまに仕込しこまれたか、とてものこと梅幸ばいかうがこしらへた流行唄はやりうたいまもつぱら芸子げいこくさうだが、なんとそれをきかしてはれぬか

こりゃあ、小原殿は芸子や女形に仕込まれたか。いっそのこと、梅幸がこしらえた流行り唄を、今もっぱら芸子が弾くそうだが、なんとそれを聞かせてはくれぬか。

そのうたのことなら、たしかうであつたわいなア

その唄のことなら、たしかこうであったわいなあ。

そなたおもへばくもる、のみ才槌さいづちかんなまで、そなたのかほゆるとは、どうした因果いんぐわことぢやいなア〔合〕

〽そなたを思えば照る日も曇る。鑿や才槌、鉋まで、そなたの顔に見えるとは、どうした因果なことじゃいなあ。

それさにうつまをして、よるひるものにやつかぬ、野良のら見初みそめ背戸口せどぐちで、口説くどくにほどにくいのか、さりとはつれないをとこづら、エヽ面憎つらにく

それさに、ぞっこん惚れ申して、夜も昼も物が手につかぬ。野良で見初めて背戸口で口説くのに、それほど憎いのか。さりとはつれない男づら、ええ、面憎や。

コリヤ面白おもしろいま振事ふりごと、これからわしが相手あひてになつて、関東くわんとう座頭ざとうはなしやら

こりゃ面白い、今の振り事。これからわしが相手になって、関東の座頭の話やら——

わたしまた陸奥みちのく瞽女ごぜ素振そぶり

私はまた、陸奥の瞽女のその素振り。

さらばこれよりはなさうか

さらば、これより話そうか。

自体じたい我等われら関東くわんとうべいの座頭ざとう瞽女ごぜ奥州あうしう金華山きんくわざんのほとり

そもそも、我らは関東べいの座頭。瞽女は奥州金華山のほとりの者。

ひとりくとは胴欲どうよくな、られぬ箕尾みのを弁天べんてんへ、こもるびたのつちのとの、己待のばんうれしさを、わすれてかいなと胸倉むなぐらを〔合〕えねば背筋せすぢとりちがへ、いたいことたんきう七九しちくたけこゝろなら、つてせともえぬゆゑこひでなうてもいつもやみ、つい抱付だきつき背中せなか同士どしきうをすりむくばかりなり

ひとりで行くとは胴欲な。見ることもできぬ箕面の弁天へ籠もった、地べたの己巳待ちの晩の嬉しさを、忘れたのかいなと胸倉を——つかむつもりが、見えぬゆえ背筋と取り違え、言いたいことも痰の灸。七九の竹の心なら、割って見せても見えぬゆえ、恋でなくてもいつも闇。つい抱きつくのも背中合わせで、灸をすりむくばかりである。

となりやぶからによきによきたは、今年ことしたけのこのこのこの真竹まだけ、オヽ樋竹とひだけいた、ヤレいた、コレこちの樋竹とひだけに、ヤレいた、しよんがいなア〔合〕をどろとまゝよはねきろとまゝよ、いとし殿御とのごとこちやたが〔合〕よいわいなア

〽隣の藪からにょきにょき出たのは、今年の筍の、この真竹。おお、樋竹にと見ておいた、やれ見ておいた。これ、うちの樋竹に、やれ見ておいた、しょんがいなあ。踊ろうとままよ、跳ねようとままよ、いとしい殿御とこちゃ寝たが、よいわいなあ。

〔二上り〕

たけ丸木橋まるきばしやあぶないけんどもきみとならわたろへ、まだまだまだまだまだかいな、おしやらくむすめがじよなめいて、れたが無理むりならしよことがねへ〔合〕

〽竹の丸木橋は危ないけれど、君となら渡ろうえ。まだまだまだまだ、まだかいな。おしゃらく娘がじょなめいて、惚れたのが無理なら仕様がねえ。

まつ葉越はごし一筆いつぴつ啓上けいじやうさふらふべくさふらふいたるふみはへ、きたきたきたきたきたはいな、道楽だうらく息子むすこがあぢよなさる、うちのおやぢもしよことがねへ、しどもなや

松の葉越しに一筆啓上、「候べく候」と書いた文は、来た来た来た来た、来たわいな。道楽息子があじょうなさる、うちの親父も仕様がねえ、しどもなや。

かゝところ関原せきはら内侍ないしとら走出はしりいで

かかるところへ、関原が内侍を捕らえて走り出て——

新院しんゐんたね宿やどせし白岑しらみね内侍ないしいまところにてくびぶちはなす、覚悟かくごなせ

新院のお胤を宿した白峰の内侍、今この所で首を打ち放す。覚悟せよ。

かたな振上ふりあ立向たちむかひ、すでにかうよとところに、五体ごたいすくんでたぢたぢたぢ、ためらふひま何処いづくよりあやしのしのびあらはれで、さゝゆる関原せきはらはね退突退つきのけ、なに様子やうす白岑しらみねの、内侍ないし小脇こわきにひんかゝへ、逸足いちあししてかけ

刀を振り上げて立ち向かい、すでにこれまでと見えたところに、五体がすくんでたじたじたじ。ためらう隙に、どこからともなく怪しい忍びが現れ出て、支える関原をはね退け突き退け、何の様子か知らねども(白峰)、内侍を小脇に抱え、一目散に駆けてゆく。

不思議ふしぎこゝ今迄いままでも、ありありえし二人ふたり姿すがたたちま愛樹あいじゆまつうめ

不思議や、ここに今までありありと見えていた二人の姿が、たちまち愛樹の松と梅に——

さてこそ二人ふたり有様ありさま、そもまづうぬは何奴なにやつだエヽ

さてこそ二人のこの有様。そもそも、うぬは何奴だ、ええ。

のふ我々われわれうへこそ、そも人間にんげんごふけて、えし姿すがた二人ふたりもの崇徳すとく新院しんゐん愛樹あいじゆにて、旧梅きうばい古松こしよう精魂せいこんなり

のう、我々の身の上こそ、人間の業を受けて見えていた二人の者の姿。崇徳新院のご愛樹の、古梅と老松の精魂である。

さてこそなア

さてこそなあ。

おご平家へいけために、新院しんゐん讃岐さぬき遠流をんる

奢る平家のために、新院は讃岐へ遠流。

いま世捨よすて二木ふたきながら、懐胎くわいたい内侍ないしさま、しん付添つきそまもるなり

今は世を捨てた二本の木ながら、ご懐胎の内侍さまに、親身に付き添って守るのである。

邪慳じやけん相国しやうこく清盛きよもりが、ゐん御胤おんたねうしなはんずる〔合〕むくいほどおもれと、有合ありあえだ可責かしやくしもとうつてかゝりし業通ごふつう自在じざい凡人ぼんにんならぬ精霊せいれいの、ひらりひらりと飛交とびか姿すがた北山きたやまかぜ吹送ふきおく八百八町はつぴやくやちやう御贔屓ごひいきまち木毎きごとはな顔見世かほみせは、ふかめぐみぞありがたき

邪慳な相国清盛が院のお胤を失わせようとする、その報いのほどを思い知れと、有り合う枝を呵責の笞にして打ってかかる、自在の力の凡人ならぬ精霊が、ひらりひらりと飛び交う姿。北山風が吹き送る八百八町、ご贔屓の町。木ごとに花の顔見世は、深い恵みぞありがたき。

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第三編 清元集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。繰り返し記号は直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。

本名題は『詠梅松清元』(さきそむるれんりのきよもと)。原典に「松井由輔述」とある。詞章のなかでは「茶筌売」と書く。

茶筅売は、空也の流れをくむ鉢叩きの僧が、冬に瓢箪を叩き念仏を唱えながら京の町で茶筅を売り歩いたもの。「長嘯が墓も古其の古き、瓢箪見せよ鉢叩」は芭蕉の句「長嘯の墓もめぐるか鉢叩」を踏む。「劉君が愛せし名をも黒牡丹」は、唐の劉訓が黒い牛を黒牡丹と呼んで愛したという故事で、小原女の曳く牛をいう。

後半の白峰の内侍・関原・崇徳院の愛樹の松と梅の精は、崇徳院をめぐる芝居の世界による。「何か様子は白岑の」は「知らね」と白峰を掛けたものと見て訳した。

語義を定めがたい語、切り方を断じきれない箇所は原典のまま残した。「ほうしや」(報謝と見て訳した)、「廿の人の喜撰」、「長嘯が墓も古其の古き」の切り方、「しやが父に似た時鳥」(鶯の巣で育った時鳥が父に似て鳴くと詠む古歌を踏むか)、「ひぞる」、「強ねたる」、「御師」、「七九の竹」、「己待」(弁天の縁日の己巳待ちと見て訳した)、「業通自在」、「じよなめいて」、「あぢよなさる」。

原典の用字「茶筌」「逢うひませう」「可責」(呵責)「失なはん」はそのまま残した。座頭と瞽女の掛け合いのおかしみは、原典のまま訳した。