藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
長唄

若菜摘わかなつみ

変化舞踊「花兄弟十二月所作」の一

若菜摘 春日野の朝
春日野の朝

正月の若菜を君に奉る故事にはじまり、若菜・薺・早蕨など春の草に恋の情を寄せて、末は春日・松尾の二神が姿を現して供御を受ける祝儀曲。

あらすじ

君に若菜を奨めることは寛平延喜の御代に始まり、天暦四年の如月にも女御安子が奉ったという。七種に数を添えた十二種の若菜を、色くらべしながら摘む人々。いく千代も変わらぬ例の妹背が睦みなずんで、春日野の若紫の恋衣、しのぶの乱れは限りなく、深い思いは筒井筒。移り心と始めから、はかない水茎の筆のあと、心根に芹を立てて明かす夜も、待つ甲斐のない偽り。いつ逢う人の縁さえも——薺を恨んで片山の雉子が鳴く音に燃える早蕨、露にほころぶ風情である。花の粉染めの色を分けて、紅梅殿や老松の、緑の空に誓いを立てて、契り情のひと夜松。薄雪の消える如月に立ちわたり、舞う雲の袖。和光の影も曇りなく、春日・松尾の二神が分身威明の姿を現し、供御を供えてそのまま神は天へ上がりたもうたのであった。

詞章と現代語訳

〔本調子〕

きみ若菜わかなをすすむること、寛平くわんぴやう延喜えんぎ御代みよはじまり、天暦てんりやく四年しねん如月きさらぎにも、女御にようご安子あんしのたてまつる、なななにかずそふ十二種じふにしゆの、いろくらぶなる若菜人わかなびと

君に若菜を奨めることは寛平・延喜の御代に始まり、天暦四年の如月にも女御安子が奉ったという。七種にさらに数を添えた十二種の若菜を、その色を比べながら摘む人々である。

いく千代ちよかはらぬためしいもの、むつみなづみて春日野かすがのの、若紫わかむらさき恋衣こひごろも、しのぶのみだかぎりなく、ふかおもひを筒井筒つついづつ

いく千代も変わらぬ例の妹背が睦みなずんで、春日野の若紫の恋衣。しのぶ摺りの乱れ模様のように心は限りなく乱れ、深い思いは筒井筒——幼なじみの契りである。

うつりごころはじめから、うき水茎みづくき筆目花ふでめばな心根こころねせりにたちあかし、つに甲斐かひなきいつはりの、いつひとのよすがさへ

移り心と初めから知れていた、はかない水茎の筆のあと。心根に芹を立てて夜を明かしても、待つ甲斐のない偽り。いつ逢えるとも知れぬ人との縁さえも——。

なづなうらみて片山かたやま雉子きぎすにもゆる早蕨さわらびの、つゆほころ風情ふぜいなり

薺を恨み、片山の雉子が鳴く声——その音に燃え立つ早蕨が、露にほころぶ風情である。

はな粉染こなぞめいろわけて、紅梅殿こうばいどの老松おいまつの、みどりそらちかひして、ちぎなさけのひとまつ

花の粉染めの色を分けて、紅梅殿や老松の緑の空に誓いを立て、契りと情けのひと夜——その「待つ」ならぬ松である。

若菜摘 春日野の朝_初版_網目
春日野の朝_初版_網目

薄雪うすゆきえて如月きさらぎに、たちわたりくもそで

薄雪が消えて如月になり、立ちわたる霞のなかに舞う、雲の袖。

和光わくわうかげくもりなき、春日かすが松尾まつのをふたがみ分身ぶんしん威明ゐみやう姿すがたあらはし、供御くごをなへてのまま、かみはあがらせたまひけり

和光同塵の影も曇りなく、春日と松尾の二柱の神が、分身威明の姿を現された。供御を供えて、そのまま神は天へと上がりたもうたのである。

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。合方(〔合〕)の指示は省いている。

〔 〕で括った調子の名は原典のまま。

変化舞踊「花兄弟十二月所作」の一。十二か月の行事を題材とする一連のうち、正月の若菜摘みを扱う。

正月の若菜を天皇に奉る行事は、宇多天皇の寛平・醍醐天皇の延喜のころに始まるとされる。天暦四年(九五〇)に村上天皇の女御安子が奉ったという故事を引く。

「しのぶの乱れ」は信夫摺りの乱れ模様。源融の歌「みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに」を踏まえ、恋の乱れ心をいう。

「筒井筒」は『伊勢物語』の幼なじみの契りの段による。

「芹にたちあかし」は、芹を摘みながら夜を明かす意に「立ち明かし」を掛ける。「薺」「早蕨」とともに春の七草・若菜の縁語。

「和光」は和光同塵。仏が本地の光をやわらげて神の姿で現れることをいう。春日・松尾はいずれも歌舞音曲の守護神としても信仰された。

作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。