花車はなぐるま
本名題「花車岩井扇」

烏帽子狩衣の男舞に始まり、冬の景と忍ぶ恋を経て、二上りからは「車」を詠み込む物尽くしとなる。末は顔見世の賑わいと千秋万歳を寿ぐ。
あらすじ
引けや引け、その姿もしなやかな花車。白と紅の染手綱をしゃんと着なして、濃い風折烏帽子に狩衣の男舞。今日は今様の寿を祝って奏でる三つ扇、その舞扇に手もたゆく——まことに栴檀は双葉より芳しいというその二葉ぶり。冬の半ばに山里を見わたせば、梢は霜か雪の花。冬至の梅が色盛り、薫りゆかしい花の袖が、あちらへひらり、こちらへひらり。桜と見まがう雪景色である。初恋は人目も恥ずかしい花紅葉、しのぶの山の下紅葉。薄いのは厭よ恋衣、結ぶ縁は神さまのお媒人ではないかいな。今宵逢おうという合図は何で——妻戸を叩けば誰そとも言わずに開けて、霜夜の睦言を交わす。それを心なく破る鳥の声、鐘の音。いよいよ思いの真澄鏡、合せ鏡の比翼紋。二上りとなって、玉垂れの内もゆかしい御所車、それへそれへ。筆に思いを託す文車、返事の美しい花車。くるりくるりと花車。積もる夜ごとの通い車や雪車、それへそれへ。忍ぶ車の君と我、扇車や恋車。くるりくるりと恋車、しおらしいことよ。振り込め振り込め初雪に、中に見事な花の槍。振袖の袂に恋風が、よれつもつれつ、ちらちらと。さんさ時雨に濡れ初めて、揃う槍の手は花の山——飾り立てた伊達な取りなりである。ただいつまでもこの舞台、変わらぬ花の顔見世よ。所は繁昌して変わることなく、賑わう御代の里神楽、千秋万歳万々歳と、豊かに舞い納めるのであった。
詞章と現代語訳
ひけやひけひけ、姿もしもの花車
引けや引け引け、その姿もしなやかな花車よ。
白紅の染手綱、しやんと着なした、こゐ風折の、烏帽狩衣男舞
白と紅の染手綱をしゃんと着なして、濃い色の風折烏帽子に狩衣——男舞の姿である。
けふ今様の寿を、祝ひかなづる三ツ扇、その舞扇手もたゆく、げに栴檀の二葉ぶり
今日は今様の寿を祝って奏でる三つ扇。その舞扇に手もたゆげで——まことに栴檀は双葉より芳しいという、その二葉ぶりである。
冬の半ばに、山里を見わたせば、梢はしもか雪の花、冬至の梅の色盛
冬の半ばに山里を見わたせば、梢に置くのは霜か、それとも雪の花か。冬至の梅がちょうど色盛りである。
薫床しき花の袖、彼方へひらり、此方へひらり、桜にまがふ雪景色
薫りもゆかしい花の袖が、あちらへひらり、こちらへひらり。桜と見まがうばかりの雪景色である。
初恋の人目恥かし花紅葉、しのぶの山の下紅葉、うすいは厭よ恋衣、結ぶ縁は神さんの、お媒人ではないかいな、今宵逢ふとの合図はなんで
初恋は人目も恥ずかしい花紅葉、忍ぶ山の下紅葉。薄情なのは厭よ、恋衣。結ぶ縁は神さまのお媒人ではないかいな。今宵逢おうという合図は、何としましょう。
妻戸叩かば誰そとも言はで、あけて霜夜の睦言を、ただ心なき鳥鐘に、いとど思の十寸鏡、合せ鏡の比翼紋
妻戸を叩けば「どなた」とも言わずに開けて、霜夜の睦言を交わす。それを心なく破るのは鳥の声と明けの鐘。いよいよ思いは真澄鏡、合せ鏡に映る比翼紋である。
玉垂の内や床しき御所車、それへそれへ、筆に思を文車、返事うつくし花車、くるりくるりくるくる花車
玉垂れの内もゆかしい御所車、それへそれへ。筆に思いを託す文車、返事の美しい花車。くるりくるり、くるくると花車。
つもる寄るの、通ひ車や雪車、それへそれへ
積もる夜ごとの通い車や、雪の車。それへそれへ。
忍ぶ車の君と我、扇車や恋車、くるりくるりくるくる恋車、しほらしや
忍ぶ車の君と我、扇車や恋車。くるりくるり、くるくると恋車——しおらしいことよ。
振込め振込め初雪に、中に見事な花の槍、振の袂に恋風が、よれつもつれつ、ちらちらちらと
振り込め振り込め、初雪に。そのなかに見事な花の槍。振袖の袂に恋風が吹いて、よれつもつれつ、ちらちらと。
さんさ時雨にぬれぬれ初て、そろふ槍の手花の山、かざり立たる伊達なとりなり
さんさ時雨に濡れ初めて、揃う槍の手はさながら花の山。飾り立てた伊達な取りなりである。
ただいつまでも此の舞台、変らぬ花の顔見世や、所繁昌変らじと、賑ふ御代の里神楽、千秋万歳万々歳と
ただいつまでもこの舞台、変わらぬ花の顔見世よ。この所の繁昌も変わることなく、賑わう御代の里神楽——千秋万歳、万々歳と。
豊にこそは舞納む
豊かに舞い納めるのであった。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。合方(〔合〕)の指示は省いている。
〔 〕で括った調子の名は原典のまま。
本名題「花車岩井扇」。岩井は歌舞伎の岩井半四郎の家、扇はその紋にちなむ。顔見世の祝儀に演じられた曲。
「花車」は花を飾った車のほか、大勢の女を束ねる年増の遊女や、揚屋の女主人をもいう。ここでは車尽くしの中心語として用いる。
「風折烏帽子に狩衣」は白拍子の男舞の装い。女が男装して舞う。
「栴檀は双葉より芳し」は、すぐれた人は幼いころから人並みでないという意。若い演者を讃える言葉として置かれている。
「しのぶの山の下紅葉」は人目を忍ぶ恋の意に、陸奥の信夫山を掛ける。
二上り以下は御所車・文車・花車・雪車・扇車・恋車と「車」を連ねる物尽くし。
「顔見世」は江戸の芝居で、その年の座組を披露する十一月の興行。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。