花の友はなのとも
原典に「杵屋三五郎述」とあるのみ 作詞者・初演年不詳

隅田川の春の眺めに茶の湯の道具尽くしを織りこんだ座敷向きの一曲。茶壺・流し点て・姥口の布団釜・替袱紗・竹台子・折据と、点前の道具を次々に恋のことばへ掛けていく。
あらすじ
下総と武蔵を分けるひと流れ、隅田川の川上に心を寄せる。尽きぬ眺めの花の香を茶壺に詰めた「初昔」、変わらぬ色の功に、飽きることのない流し点て。立てた誓いの行く末を姥口の布団釜に重ね、しっぽりとした仲に誰が水を差したかと替袱紗を嘆く。さばききれぬ思いの丈は竹台子、折据の末々までも月と花との戯れに過ぎてゆく。流れに浮かぶ一葉の舟から漏れる小唄の主の顔が見たい、桜がものを言えば悋気の種であろうと、水鏡に映る舟を眺める。香を焚いて君を待ち、恋の闇路は色深く、柳が瀬に映る。誠を明かして交わした約束は女夫石のように固い。松は朧、桜はゆかしく、山吹・桃・椿、藤はあでやかに、風ものどかである。
詞章と現代語訳
下総や武蔵の合のひと流、心も隅田の川上に、寄するは春の友なれや
下総と武蔵の境を分けるひと流れ——隅田川。その川上へ心を寄せる。寄せてくるのは春の友であろうか。
尽きぬ眺の花の香を、茶壺につめし初昔、変らぬ色のいさほしに、飽かぬあそびの流し点て
尽きることのない眺めのなかの花の香を、茶壺に詰めた——茶の銘の「初昔」、その昔のこと。変わらぬ色の功にひかれて、飽きることのない遊びの流し点て。
立てし誓の行末は、その姥口のふとん釜、ふたりしつぽり嬉しい中を、誰が水さして替服紗
立てた誓いの行く末は——その姥口の布団釜のように、ふたりしっぽりと収まった嬉しい仲を、いったい誰が水を差したのか。替え袱紗ならぬ、心変わりよ。
捌きかねたるなかなかに、思ひのたけの竹台子、その折据の末までも、月と花との戯れに、すぐるすさびの面白や
袱紗をさばくようには思いもさばききれず、かえって——思いの丈の、その竹台子。折据のその末々までも、月と花との戯れに過ぎてゆく、この慰みの面白さよ。
見渡せば流れにうかむ一葉の、中の小唄の顔見たや、桜がものを言ふならば、さぞや悋気の種であろ、粋な隅田の水鏡、焦がれあふたる舟のうち
見渡せば、流れに浮かぶ一葉の舟。その中から漏れる小唄の、主の顔が見たい。桜がものを言うのなら、さぞや妬みの種になることだろう。粋な隅田の水鏡に映るのは、互いに焦がれ合う舟の中よ。
余所の詠むめのもどかしや
よそながら眺めているだけの、そのもどかしさよ。

君をまつ香の薫の床しさ
あなたを待ちながら焚く香の、その薫りのゆかしさよ。
恋の闇路の色ふかく、染むる柳の瀬にうつる
恋の闇路は色深く、その色に染まった柳が、瀬に映っている。
風の姿のいとしさに、いつか誠をあかしてそして、約束かたき女夫石、はたで見る目の楽しさよ
風になびくその姿のいとしさに、いつか真心を打ち明けて、そして——固く約束を交わした夫婦石のようになった。傍で見ている目にも楽しいことよ。
花のかずかず数ふれば、松は朧に桜はゆかし、粋な山吹桃椿、藤妍に風も長閑けし
花の数々を数えてみれば、松は朧にかすみ、桜はゆかしく、山吹・桃・椿はいずれも粋なもの。藤はあでやかに垂れて、風ものどかである。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方〔合〕の指示は省いた。
原典に「見渡ばば」とあるのを、底本の注記に従って「見渡せば」と改めた。
「初昔」は抹茶の銘。「後昔」と対になる。ここでは茶壺に詰めた昔のことに掛ける。
「流し点て」は客をもてなす点前の一つ。隅田川の「流れ」に掛ける。以下、姥口の布団釜・替袱紗・竹台子・折据と茶の湯の道具が続く。
「姥口」は口が内側にすぼまった釜。「布団釜」は胴の張った形の釜。
「水さして」は釜に水を差すことと、仲を邪魔することを掛ける。「替袱紗」は袱紗を取り替えることと、心変わりを掛ける。
「捌き」は袱紗さばきと、思いをさばくことを掛ける。「思ひのたけ」の「たけ」は「竹台子」の竹に掛かる。
「折据」は七事式で花や札を入れる紙の道具。「末」に掛けて行く末をいう。
「一葉」は一葉舟。隅田川に浮かぶ小舟をいう。
「女夫石」は夫婦に見立てて寄り添う二つの石。
原典は「初むかし」「ながしだて」「折すゑ」など仮名書きの箇所があり、読みやすさを考えて漢字を当てた。「藤妍」の読みは推定による。
流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。