藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
長唄

翁千歳三番叟おきなせんざいさんばそう

杵屋六左衛門 述

翁千歳三番叟 松羽目の舞台
松羽目の舞台

能「翁」を長唄に移した松羽目物。翁・千歳・三番叟が順に舞い、天下泰平・国土安穏・五穀成就を祈る。芸能の始まりとされる、最も神事に近い曲。

あらすじ

「とうとうたらり」の意味を超えた唱えごとに始まり、翁と地謡が掛け合って千秋万歳を寿ぐ。千歳が「なるは瀧の水」を舞い、翁が鶴亀と月と渚の景を並べて天下泰平の祈祷を捧げる。後半は三番叟。あどの太夫と問答を交わし、鈴を受けて舞い、早苗を取っての田植唄、宝船に乗る七福神を唄う。末は四海波静かな御代を寿ぎ、怨敵退散・五穀成就・民の豊かさを祈って結ぶ。

詞章と現代語訳

〔翁〕

とうどうたらりたらりら、たらりあがりららりどう

とうとうたらり、たらりら——古くから唱えられてきた、意味を超えた祝いの言葉。

〔地〕

ちりやたらりたらりら、あがりららりどう

ちりやたらり、たらりら、あがりららりどう。

〔翁〕

ところ千代ちよまでおはしませ

この所が千代までも続きますように。

〔地〕

われらも千秋せんしうさふらはう

私どもも千年のあいだ、お仕えいたしましょう。

〔翁〕

つるかめとのよはひにて

鶴と亀のような長い齢を保って。

〔地〕

さいはこころにまかせたり

幸いは思いのままでございます。

〔千歳〕

なるはたきみづ、なるは瀧の水、るとも

鳴るのは滝の水、鳴るのは滝の水。日は照っても。

〔地〕

えずとうたりありうどうどう

絶えることなく、とうとうと流れつづける。

〔千歳〕

きみ千歳ちとせんことは天津乙女あまつをとめ羽衣はごろもよ、なるはたきみづるとも

君が千年を経られることは、天女の羽衣が岩をなでて尽きるほどの永さ。鳴るは滝の水、日は照っても。

〔翁〕

総角あげまき爆竹とんどやひろばかりやとんどや、ざしてゐたれども

総角や、爆竹や——古い祝いの唱えごと。そのままそこに座しておりましたけれども。

〔地〕

まゐらふれんげりやとんどや

まいろう、れんげりや、とんどや。

〔翁〕

千早振ちはやふかみのひこさのむかしよりひさしかれとぞいは

千早振る神の御代の昔から、久しくあれと祝い。

〔地〕

そよやれいちやとんどや

そよや、れいちや、とんどや。

〔翁〕

およそ千年せんねんつる

およそ千年を生きる鶴は。

万歳楽まんざいらくとうたうたり、また

万歳楽と唄い舞う。また。

万代よろづよいけかめは、かふ三曲さんきよくいただいたり

万代の池に棲む亀は、甲羅に三曲の目出度い模様を戴いている。

たきみづれいれいとちてよるつきあざやかにうかんだり

滝の水は玲々と落ちて、夜の月が鮮やかに浮かんでいる。

なぎさいさごさくさくとしてあしたいろらう

渚の砂はさくさくと音を立てて、朝日の色を映して輝いている。

〔翁〕

天下泰平てんかたいへい国土安穏こくどあんのん今日けふ御祈祷ごきたうなり

天下泰平・国土安穏を願う、今日の御祈祷である。

ありはらやなじょのおきなとも

ありはらや、どこの翁とも。

〔地〕

あれはなじょのおきなとも、そよやいづくのおきなとも

あれはどこの翁とも、そよや、いずこの翁とも知れぬ。

翁千歳三番叟 白式尉の翁_能絵風_頭小
白式尉の翁_能絵風_頭小
〔翁〕

そよや

そよや。

〔舞〕

千秋万歳せんしうばんぜいよろこびのまひなれば、ひとさし万歳楽まんざいらく

千秋万歳を寿ぐ喜びの舞であるから、ひとさし舞おう、万歳楽。

〔地/翁〕

万歳楽まんざいらく、万歳楽

万歳楽、万歳楽。

〔三番叟〕

おさへおさへよろこびありやところよりほかへはやらじとぞおも

おさえおさえ、喜びよ。この喜びは我がこの所から、よそへはやるまいと思う。

あら目出めでたや、もの心得こころえたるあどの太夫殿たいふどのにそと見参げんざんまうさう

ああめでたい。万事に心得のあるアドの太夫殿に、ちょっとお目にかかろう。

〔アド〕

調度ちやうどまゐりてさふらふ

ちょうど参っております。

〔三番叟〕

がおちにてさふらふ

どなたのお立ちでございますか。

〔アド〕

あどとおほさふらふほどに御身おんみあどのためまかちてさふらふ今日けふ三番叟さんばそう千秋万歳せんしうばんぜいうてそへいろくろ尉殿じようどの

「アド」と仰せられるほどに、あなたのアド(相手役)として罷り立っております。今日の三番叟を千秋万歳と舞ってくだされ、色の黒い尉殿。

〔三番叟〕

いろくろじよう今日けふ三番叟さんばそう千秋万歳せんしうばんぜい所繁盛ところはんじやう舞納まひをさめうづることなによりもつやすうざり、まづあどの太夫殿たいふどのもと座敷ざしきへおもおもとおなほりそへ

この色の黒い尉が、今日の三番叟を千秋万歳・所繁盛と舞い納めることは、何より易いこと。まずアドの太夫殿は、もとの座敷へおもおもとお直りくだされ。

〔アド〕

それがし座敷ざしきなほらうづること尉殿じようどのまひよりいとやすうそう、御舞おんまひなうてはなほさふらふまじ

私が座敷へ直ることは、尉殿の舞よりもたやすいこと。しかしお舞いがなくては直りますまい。

〔三番叟〕

あらやうがましや

ああ、やかましいことよ。

〔アド〕

さらばすずまゐらせう

それでは鈴を差し上げましょう。

〔三番叟〕

あどの太夫殿たいふどのまうすべきことさふらふ

アドの太夫殿に申し上げたいことがございます。

〔アド〕

何事なにごとにてさふらふ

何事でございますか。

〔三番叟〕

五月さつき女房にようばうかさはしつらね、早苗さなへおっつてうちあげてうたうてかせまうさう

五月の早乙女たちが笠の端を連ねて、早苗を取って打ち上げるさまを、唄ってお聞かせ申しましょう。

〔ツレ〕

これなんないけみぎはたから御船おふねがつくとんの

これなんな、池の汀に宝の御船が着くというよ。

ともへにはんな恵比寿ゑびす大黒だいこくなか毘沙門びしやもん吉祥天女きつしやうてんによ

艫のほうには恵比寿と大黒、中ほどには毘沙門天と吉祥天女が。

〔二上り〕

四海しかい波風なみかぜしづけききみ

四方の海の波風も静かな、君が。

御世みよはかしこき天照あまてかみの、かげもくもらず怨敵退散をんてきたいさん五穀成就ごこくじやうじゆたみゆた

御代は畏れ多い天照大神の御光も曇らず、怨敵は退散し、五穀は実り、民は豊かである。

八百万代やほよろづよくにさかえん

八百万代の後までも、この国は栄えつづけることだろう。

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。合方(〔合〕)の指示は省いている。

同書では「翁千歳」と「三番叟」が別々に採録されているのを、通例に従い一曲としてつないだ。

能「翁」に基づく。翁・千歳・三番叟が順に舞う神事的な演目で、「能にして能にあらず」といわれる。

「とうとうたらり」以下は意味を離れた唱えごとで、諸説あるが解釈は定まっていない。訳では意味を求めず、そのままの響きとして示した。

「なるは瀧の水日は照るとも絶えずとうたり」は千歳の舞の代表句。長唄「勧進帳」の滝流しにも引かれる。

「アド」は狂言で主役(シテ)の相手をつとめる役。三番叟では面箱を持つ千歳がこれにあたる。

「色の黒い尉」は三番叟の黒式尉の面をいう。翁の白式尉に対する。

初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。