網打あみうち
清元 変化物としての題『再茲歌舞伎花轢』 作詞者・作曲者・初演年不詳

山王祭の夜、舟を出した網打の漁師と、弁当の芋を狙う大蛸のおかしみを描く短い一段。変化物『再茲歌舞伎花轢』のうちの一つで、当ライブラリの「武内宿禰」「お祭」とあわせて三つで一組をなす。面舵・取舵と舟を操りながら、見上げる桟敷の美しい女に盃をせがんでは相手にされず、ふて寝をしていると、大蛸がのろりのろりと忍び寄り、片足で弁当の蓋を開けて「これも山王さんのご利生」と芋をせしめにかかる。船頭が捕らえると、蛸は「主の素肌へ吸いつきたい」と色めいてすがりつき、飯蛸・佃・渚と地口を重ねる。結びは屋台囃子に気がついて、舵子を探しに走ってゆく。仮名書きの多い『柏葉集』の本文に漢字を当てた。
あらすじ
潮時はよしと舟を出した網打の船頭。面舵、取舵と舟を操るうちに舵子の姿が見えなくなり、ひと息入れる。見上げれば祭の桟敷には美しい女がずらりと並び、盃をくれと声をかけても聞こえぬふり。上と下とでは手も届かず、目の毒だとふて寝をする。すると大蛸があたりをうかがい、のろりのろりと忍び足で弁当に近づく。芋は好物、大願成就と片足で蓋を開け、これも山王さんのご利生と芋をせしめにかかるところを、船頭が「どっこい」と捕まえる。蛸は「主の素肌へぴったり吸いつきたいのが身の願い」と色めいてすがりつき、足をからめて離れない。無理を言う飯蛸、数々の網にかかる身の上と、地口を重ねての騒ぎのうち、屋台囃子の音に気がついた船頭は、舵子を探しに走ってゆく。
詞章と現代語訳
潮時はよし、網打の
潮時はよし、網打の——
面舵じや
面舵じゃ。
取舵じや、合点か〔合〕舵子もどこか〔合〕息休め〔合〕見下ろす浅敷は髱ぞろい〔合〕もしもし、ちよつとお盃、聞へないのか姉さん、ヘエヽ色男にちくるいめ、こいつは気がわるいともがいても〔合〕上と下とでしよ事がねへ、見るに目の毒、寝てくれべい
取舵じゃ、合点か。舵子もどこかへ行った、ひと息入れよう。見下ろす桟敷は美しい女ばかり。もしもし、ちょっとお盃を——聞こえないのか、姉さん。へえ、色男に、ちくるいめ(?)。こいつは気が悪いと、もがいても、舟の下と桟敷の上とでは仕様がねえ。見るも目の毒、寝てしまおう。
あたり窺ひ、大蛸の、のろりのろりと忍足、なんでもしてこい、弁当の
あたりをうかがい、大蛸がのろりのろりと忍び足。何でもしてこいと、弁当の——
芋は我等が好物もの、大願成就、片足で蓋を開いてしたり顔〔合〕これもひとへに山王さんの御利生、すてきな御利生と喜んで、出せしめんとする所を
芋はわれらの好物——大願成就と、片足で蓋を開けてしたり顔。これもひとえに山王さんのご利生、すてきなご利生と喜んで、せしめようとするところを——
どつこいそふは、と船頭も
どっこい、そうはさせぬと船頭も——
蛸の枕で、ついこゝで、どうだどうだと振りそへば
蛸を枕に、ついここで、どうだどうだと振りかざせば——
なぜにお前はそのやうに〔合〕ささが過ぎたか、柳色、主の素肌へひつたりと、吸付きたさの〔合〕身の願ひ
「なぜにお前はそのように——お酒が過ぎたか、柳色。主の素肌へぴったりと吸いつきたいのが、この身の願い」
離れまいぞと抱き付て、足を捕へて〔合〕コ、何じやいな
離れまいぞと抱きついて、足を捕らえて——こ、何じゃいな。
無理を飯蛸、数々の網にかゝるのじやないかいな、わけも渚の忘れ水
無理を言う(飯蛸)——数々の網にかかるのではないかいな。わけも渚の忘れ水。
なんぼへ、何ぼ漁帥の身じやとて、さまよ
なんぼ、なんぼ漁師の身じゃとて、様よ——
船にや乗らずに、ぐつすりと寝た木枕の痴話言は、こいつはこいつはたまらぬ、気がもめる、嘘も佃の〔合〕色の海、深い中
船には乗らずにぐっすりと寝た、木枕の痴話言は、こいつはこいつはたまらぬ、気がもめる。嘘もつく(佃)の、色の海、深い仲。
屋台囃子に心付、舵子尋ねて走り行く。
屋台囃子に気がついて、舵子を尋ねて走ってゆく。
この曲は詞章の出典が他の清元と異なる。国書刊行会『徳川文芸類聚』第九 俗曲上所収『柏葉集』の本文(著作権消滅)による。目次の題名は『再茲歌舞妓花轢(武の内宿禰 網打 お祭)』、本文の題名は『網打』。原典に述者の記載はなく、作詞者・作曲者・初演年は不詳。
原典は仮名書きが多いので、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。原典が漢字で書いている字はそのまま残した。
繰り返し記号(もし/\、のろり/\、どうだ/\、かづ/\、こいつは/\)は、直前の語句を繰り返すものとして展開した。どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。
地口の多い曲である。「いゝだこ」は「(無理を)言い」と飯蛸を、「うそも佃」は「嘘もつく」と佃島を掛ける。「ささ」は酒のこと。「山王さんの御利生」とあり、武内宿禰・お祭と同じく山王祭を背景とする。
語義を定めがたい語、切り方を断じきれない箇所は原典のまま残した。「ちくるいめ」(畜類め、の意か)、「こふ物もの」(好物、と見て訳した)、「出せしめん」(せしめる、の意と見た)、「たこのまくら」、「ささが過ぎたか柳色」、「わけも渚の忘れ水」、「さまよ」。
原典の用字「浅敷」(桟敷)、「漁帥」(漁師の誤りか)、「聞へ」「そふは」はそのまま残した。