藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
清元

納豆売なっとううり

清元  変化物としての題『月雪花蒔絵の巵』(つきゆきはなまきえのさかづき)  桜田左交 述(原典の記載による) 作曲者・初演年不詳

納豆売 雪の辻の納豆の荷
雪の辻の納豆の荷

変化物『月雪花蒔絵の巵』の「雪」の一段で、雪の朝の納豆売りと、吉原の市帰りの芸者のやりとりをうたう。「風に随つて柳花の舞を学ぶ」と異国の詩と敷島の言の葉を並べて雪の眺めに起こし、七つ時から「なっと納豆、たたき納豆」と売り歩く納豆売りと、朝湯帰りの芸者が出会う。腕の入れ黒子に互いの名を彫り、堀の内へ願をかけた仲なのに、一緒になって間もなく市へ泊まりがけ——という痴話の応酬から、二上りでは淀川の夜船・賽の河原・蝶々とまれやなど流行り唄と童唄をつないだ長い一節へ。後半は吉原の総揚げの大尽気取りの法螺、黄金の雪を箕ですくえという騒ぎ、龍神と乙姫への投げ文と運び、話すうちに雪も解けて、連れ立って行く姿で結ぶ。二上りの一節は、当ライブラリの清元「雲助」とほとんど同じ文句である。

あらすじ

風に随う柳の花の舞も、木ごとに花と詠んだ言の葉も、眺めは変わらぬ雪の朝。雪見の船にと浮かれ烏に起こされて、湯帰りの足駄を気づかう律儀な芸者。七つ時から「なっと納豆、たたき納豆」と売り歩く納豆売りと道で行き合い、朝湯帰りをからかい合う。吉原の市帰り、居続けの言い訳、鼻の先を凍らせて歩く朝。腕の入れ黒子に名を彫り合い、堀の内へ願をかけた仲なのに、一緒になって間もなく泊まりがけ——と痴話が続き、やがて淀川の夜船、与一兵衛、賽の河原の地蔵、蝶々とまれやと、流行り唄と童唄の文句が並ぶ。後半は、名ある芸者を総揚げ、五町の見世を引かせ大門を打たせ、黄金の雪を箕ですくえという大尽気取りの法螺。龍神と乙姫へ油紙の投げ文を放り、浮名が龍の宮へと笑う。話すうちに雪も解け、連れ立って道をたどる姿で結ぶ。

詞章と現代語訳

かぜしたがつて、しいて柳花りうくわまひまなぶと、異国いこくの〔合〕ひとも〔合〕木毎きごとはなぞとえいじける、敷島しきしまことも〔合〕いづれながめはかはりなき、面白妙おもしろたへにいざさらば

風に随って、しいて柳の花の舞を学ぶと詠んだ異国の人の詩も、「木毎に花」と詠じたわが敷島の言の葉も、いずれ眺めは変わりがない。面白く妙なる雪の眺めに、さあさあ。

雪見ゆきみふねあさまだき〔合〕うかがらすに〔合〕おこされて〔合〕ねむところ奇妙きめうとは、世事せじつとめ湯帰ゆがへりの〔合〕足駄あしだ怪我けがころばすや、むきな芸者げいしやたてとほ

雪見に船を、と朝まだきから浮かれ烏に起こされて、眠いところを「奇妙」とは。世事と勤めの湯帰りに、足駄も怪我に転ばすまいと、律儀な芸者で押し通す。

すぎ身過みすぎあはせてれば〔合〕なゝおこしてナト納豆なつとう〔合〕たゝき納豆なつとうと〔合〕他処よそはまだ、ゆめうちから〔合〕売場うりばさき〔合〕コリヤモシとんだおはやいね〔合〕さて朝湯あさゆでおみがきの、うまく何処どこぞへおくはせに

世すぎ身過ぎを合わせてみれば——七つ時に起きて「なっと、納豆、たたき納豆」と売り歩く。よそはまだ夢の中から、もう売り場先。「こりゃ、もし、とんだお早いね。さては朝湯でお磨きの、うまくどこぞへ食わせにかい」。

イエなんのまあ、そんな厭身いやみことわりや

「いえ、なんのまあ、そんな厭味はお断りだよ」。

エヽいかさま小町こまち因縁いんねんが、わかつておしやあなかしこ〔合〕

「ええ、いかさま、小町の因縁がわかっておいでか。あなかしこ」。

遠慮ゑんりよ納豆なつとうねぎ陳皮ちんぴからしはよしか吉原よしはらへ、まぐれて今朝けさ市戻いちもど

遠慮も納豆に葱と陳皮、芥子は「よし」か——吉原へまぎれて、今朝の市の帰り道。

延喜ゑんぎでいつも買物かひものの、みちから無理むり引張ひつぱられ、今日けふもゑてめがなんしと、とめるをよいさと、つれのこして後朝きぬぎぬに〔合〕

縁起でいつも買い物の道から無理に引っぱられ、「今日も好い人がいなんし」と止めるその手を、よい気さと振り切って、連れを残しての後朝の別れ。

あめるとて居続ゐつゞけ

雨が降るからと居続けた——

ところゆきかへるとは、しまりの小口こぐちわれながら〔合〕思案しあんありがほはなさきこほらせてこそあゆ

そこを雪に免じて帰るとは、しまり(倹約)の糸口と我ながら。思案あり顔で、鼻の先を凍らせながら歩いて来て。

コリヤアいつもの納豆屋なつとうやさんか、なんといゝものつたぢやアないか

「こりゃあ、いつもの納豆屋さんか。何といい物が降ったじゃないか」。

なんのよいものどころか、わたしにはつめたいものさ

「何のよい物どころか、わたしらには冷たいものさ」。

モシおまへ市帰いちがへりの持起もちおこざけ、よい機嫌きげんいまかへりかへ

「もし、お前は市帰りの持ち起こし酒。よい機嫌で今お帰りかえ」。

サアとんだやつ引掛ひつかかつて、ゆふべのさけ腹塩梅はらあんばい

「さあ、とんだ奴に引っかかって、ゆうべの酒で腹の塩梅が悪い」。

モシ腹直はらなほしには商売物しやうばいもの納豆汁なつとうじる

「もし、その腹直しには、商売物の納豆汁」。

コレサおまへ一緒いつしよくなら用心ようじんして、うちぢやアてつきりこれこれが

「これさ、お前が一緒に行くなら用心して。家ではてっきり、これこれが——」。

なにきやアがれ

「何を置きやあがれ」。

イエきやすまいもし

「いえ、置きやすまいよ、もし」。

うあらうとははじめから〔合〕おもふてても真実しんじつと、はれてにぶ女気をんなぎ

こうであろうとは初めから思っていても、「真実だ」と言われると、ほだされる女心に。

ほんにうでへ〔合〕入黒子いれぼくろたがひをばほりうち御願ごぐわんかけたり〔合〕ひとひと

ほんに、腕へ入れ黒子。互いの名を彫り合って——堀の内へ御願をかけたり、人には人。

やつと一所いつしよになつてまだ、もないにいちき〔合〕

やっと一緒になって、まだ間もないのに市へ行き。

とまりがけぢやのなんぢやのと、うちぢやよもやとひとを、いまいまかと〔合〕あけかね

泊まりがけだの何だのと。家では、よもやと夜ひと夜を、今か今かと待つうちに明けの鐘。

そこれをやはらでコレ野暮やぼ

「そこれをやわらで、これ、野暮め」。

〔二上り〕

のぼ夜船よぶねかいぢやとて、かぢをとつたへ〔合〕佐田さた牧方ひらかたよどみづくるまがくるくると、伏見ふしみくへ

上りの夜船の櫂や艪だとて、梶を取ったえ。佐太や枚方、淀、水に水車がくるくると、伏見へ着くえ。

オヽイオヽイ親爺おやぢ殿どのかね此方こちしてれ、与一兵衛よいちべゑ仰天ぎやうてんし、イエイエかねでは御座ござりません

おおい、おおい、親爺殿。その金こっちへ貸してくれ。与一兵衛は仰天して、いえいえ金ではござりません。

むすめ化粧けしやうすりやきつねのぞ

娘が化粧をすれば狐が覗く。

さい河原かはら地蔵尊ぢざうそん

賽の河原の地蔵尊。

ひとつとやひとあくればにぎかでにぎかで、かざりたてたる

ひとつとや、一夜明ければ賑やかで賑やかで、飾り立てた。

まつひとかはらぬ

松の一木も変わらぬ。

いろ世界せかいいろなきものは

色の世界に色なきものは。

わしとかゝさんといとたにとのことよの〔合〕

わたしと母さんと糸を取っていたに、との事よの。

ひがし上総かづさのいちみのこほり〔合〕むら古名こなをばかねおきゆるは肥後ひごさまのへ、ソレソレふねもんこゝの九曜くえうほし

東上総の「いちみ」の郡、村の古名をば「かね」。沖に見えるは肥後様の、それそれ船よ。紋は九つ、九曜の星。

蝶々てふてふとまれやがいやならよしのさきへ〔合〕とまらんせ

蝶々とまれ、菜の葉がいやなら、葦の先へとまりなされ。

ざれがかうじて高声たかごゑ

ふざけが高じて高声になり。

オツト口舌くぜつとりなして

おっと、痴話喧嘩に取りなして。

もしやつまかとこちやれば、あぢなぞめきの格子先かうしさき

もしや夫かと、こちらが出て見れば、乙なひやかしの格子先。

奇妙きめう頂礼ちやうらいさわさわげ、六人ろくにん一座いちざで〔合〕おしめ初買はつがひよくどなたも〔合〕逢見あひみてののちいちしゆ礼拝らいはい

奇妙頂礼、騒げ騒げ。六人一座で、おしめ初買い、根よくどなたも。逢い見てののちは、一首礼拝。

チトあちらへと比翼ひよくまくら紋日もんび物日ものび約束やくそくかけて〔合〕

「ちとあちらへ」と比翼の枕。紋日物日の約束をかけて。

とても洒落しやれるならおほきなことやれ〔合〕ある芸者げいしやたちよみな総揚そうあげに〔合〕

どうせ洒落るなら大きなことを言いやれ。名のある芸者たちよ、みな総揚げに。

五町ごちやうのこらずみな見世みせひかせ、大門おほもんうたせ、〔合〕

五町残らず、みな見世を引かせ、大門を打たせ。

遣手やりて末社まつしや惣花そうばなざくざく〔合〕黄金こがねゆきつてたさうだ、

遣手にも末社にも総花をざくざくと。黄金の雪が降って来たそうだ。

コレをもつてすくへすくへ、こいつはたまらぬ奇妙きめう頂礼ちやうらいおほきなことまきした〔合〕すてきな大尽だいじんぢや

「これ、箕を持ってすくえ、すくえ」。こいつはたまらぬ、奇妙頂礼——大きなことを撒き出した。すてきな大尽じゃ。

こひにやたれしも〔合〕うはそらさけ乗出のりだ総長屋そうながや〔合〕

恋には誰しも上の空。酒で乗り出す総長屋。

ふねでヤレコレコリヤかみいさめ〔合〕

船で、やれこれ、こりゃ、神いさめ。

エヽたのむにへ龍神りうじんさん〔合〕さてまたうつゝい〔合〕乙姫おとひめさん、みづそこまでとゞかねど、いてやるぞへぶみを〔合〕よへ〔合〕

ええ、頼みますよ龍神さん。さてまた、うつつい、乙姫さん。水の底まで手は届かないけれど、書いてやるぞえ、投げ文を。

かみ何紙なにがみ油紙あぶらがみ小石こいしつゝんでどんぶりこ、そりやそりや〔合〕つむりはあたります

紙は何紙、油紙。小石を包んでどんぶりこ。そりゃそりゃ、頭に当たります。

まゝよ〔合〕浮名うきなりうみやへ〔合〕面白おもしろ

ままよ、浮名が龍の宮へ——面白や。

はなしゆきもとけしなき、みちをたどりつうちつれて、姿すがたはなひとふしに、かたつたへてのこしける

話しているうちに雪も解けるほど、道をたどりながら連れ立って。姿も花のひと節に、語り伝えて残したのだった。

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第三編 清元集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。繰り返し記号は直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。

同じ曲は『柏葉集』にも収められている(目次・本文の題名『月雪花蒔絵の巵(納豆売)』)。ここでは清元集の本文によった。原典に「桜田左交述」とある。原典の長い二行は、読みやすさのため読点の切れ目で段に分けた(字句は同じ)。

変化物の題『月雪花蒔絵の巵』の「雪」にあたる一段。「木毎に花」は「梅」の字を分けた見立てで、雪を花と見る心。「七ツ起して」は七つ時(明け方)から起きての意。「たたき納豆」は納豆を刻んで売るもの。「入黒子」は思う相手の名を腕に彫る彫り物、「堀の内」は妙法寺への願掛けで、「名をば堀(彫り)の内」と掛ける。「奇妙頂礼」は「帰命頂礼」のもじり。「惣花」は廓で一同に配るご祝儀、「大門打せ」は吉原の大門を閉めさせること。

二上りの「登り夜船の櫂や艪」から「蝶々とまれや」までは、流行り唄・童唄の文句を次々につないだ一節で、当ライブラリの清元「雲助」にもほとんど同じ文句が入る。「東上総のいちみの郡、村の古名をば金」は、清元「女太夫」にも出る文句である。

繰り返し記号は、直前の語句を繰り返すものとして展開した(くる/\、オヽイ/\、イエ/\、賑かで/\、ソレ/\、これ/\、今か/\、騒げ/\、すくへ/\、そりや/\、ざく/\)。

原典の用字「他処」「厭身」「延喜」(縁起の意と見た)「牧方」(枚方の意と見た)「古名」「持起し酒」はそのまま残した。

語義を定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「面白妙に」、「むきな芸者」、「小町の因縁」、「ゑてめが居なんし」、「しまりの小口」、「人に人」、「そこれをやはらで」、「いちみの郡」「古名をば金」、「おしめ初買根よく」「いちしゆ礼拝」、「うつゝい」、「とけしなき」。

流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。