紅葉狩もみじがり
本名題「色見草月盃」 能「紅葉狩」に取材

戸隠山の紅葉狩の宴に招かれた平維茂が、女に引きとめられて酒に酔う。末は女がたちまち鬼の姿を現す。
あらすじ
物思うこの身は立ち舞うこともかなわず、袖を打ち振ったその心までも——移ろう秋の色が見えて、この身をどうしたものかと夕まぐれ。時雨れる空を眺めながら浮かれ出た道のほとり、草葉もともに下紅葉。夜のまの露が染めたのであろうか。面白いことよ、頃は長月の末つかた。四方の梢もいろいろに、錦を彩る山々は、花の吹雪ではなくて五色の雪と降る紅葉。それを分けて行く益荒男の、猛き心の梓弓——引くも知るべの駒の足。涙に川の流れは絶えず、紅葉葉を渡れば錦が中絶えよう。時雨を急ぐ紅葉狩。「見捨てたまうか、つれないこと」と袂にすがって止めれば、さすがに岩木ではないゆえ、心弱くも引きとめられる。所は山路の菊の酒。汲むや流れの浮き身にも、いとしい可愛いよい殿御ぶり。ほんにお前を誰が抱いて、ぬるでの紅葉の色見草——よその恋路の妬ましいこと。そもそも誠が露ほどでもあるならば、二世も三世も神かけて、忘れる隙などありはしない。深い縁も月に雲、花に嵐——恋をするという。月の盃をさす袖も、雪をめぐらす舞の曲。秋の木の葉の色に出た、紅葉を踏む鹿は憎いというけれど、恋の文を書く筆となる——可愛らしいではないか。秋の千草の色に出た、菊と薄は仲がよいけれど、露が知らせて濡れを知る——可愛らしいではないか、ああ羨ましい。今までここに色ある女と見えたのが、たちまち化生の姿を現し、紅葉の梢も火炎となって、枯木も木の葉もさらさらと——目もさめるばかりの次第であった。
詞章と現代語訳
物思ふ立ちまふべくもあらぬ身の、袖うちふりし心まで
物思いに沈んで、立ち舞うこともかなわぬこの身。袖を打ち振ったその心までも——。
うつらふ秋の色みえて、此の身を何とゆふまぐれ
移ろう秋の色が見えて、この身をどうしたものかと思う夕まぐれ。
時雨るる空を眺めつつ、浮れ出でたる道の辺の、草葉もともに下紅葉
時雨れる空を眺めながら、浮かれ出た道のほとり。草葉もともに下紅葉している。
夜のまの露や染めぬらん
夜のあいだの露が、染めたのであろうか。
面白や頃は長月末つかた、四方の梢もいろいろに、錦彩どる山々は、花の吹雪のそれならで
面白いことよ。頃は長月の末つかた、四方の梢もさまざまに色づいて、錦を彩る山々は——それは花の吹雪ではなくて。
五色の雪と降る紅葉、分けつつ行くや益荒夫の、矢猛心の梓弓、ひくや知るべの駒の足、涙に川の流れ絶えせぬ紅葉葉を、渡らば錦中絶えん、時雨を急ぐ紅葉狩
五色の雪と降る紅葉。それを分けて行く益荒男の、猛る心の梓弓——引くも知るべの駒の足。涙にも似た川の流れは絶えず、その紅葉葉を踏み渡れば錦が途切れてしまおう。時雨を急ぐ紅葉狩である。
見捨て玉ふかつれなやと、袂にすがり止むれば、流石岩木にあらざれば
「お見捨てなさるのか、つれないこと」と袂にすがって引き止めれば、さすがに岩や木ではないのだから。
心弱くも引とめられて、所は山路の菊の酒、汲むや流のうき身にも、いとし可愛のよい殿御ぶり、ほんにお前を誰が抱て、ぬるでの紅葉色見草、他所の恋路のねたましや
心弱くも引き止められて、所は山路の菊の酒。汲むも流れの浮き身にも、いとしく可愛いよい殿御ぶり。ほんにお前を誰が抱いて——白膠木の紅葉、その色見草。よその恋路の妬ましいことよ。
そもや誠が露程あらば、二世も三世も神かけて、忘るる隙はないわいな
そもそも、まことの心が露ほどでもあるならば、二世も三世も神かけて、忘れる隙などありはしないわいな。
深い縁も月に雲、花に嵐の恋すなる、月の盃さす袖も、雪をめぐらす舞の曲
深い縁にも月に雲がかかり、花に嵐が吹くという——そんな恋をする。月を映す盃をさす袖も、雪をめぐらすような舞の曲である。
秋の木の葉の色に出し、紅葉踏む鹿憎いといへど、恋の文かく筆となる、かはゆらしいぢやないかいな
秋の木の葉の色に出た——紅葉を踏み分ける鹿は憎いというけれど、その毛は恋の文を書く筆となる。可愛らしいではないか。
秋の千草の色に出し、菊と薄は中よいけれど、露がしらせて濡を知る、可愛らしいぢやないかいな、アア うらやまし
秋の千草の色に出た——菊と薄は仲がよいけれど、露が知らせて濡れごとを知る。可愛らしいではないか。ああ、羨ましいこと。
今まで爰に色ある女忽化生の形を現はし、紅葉の梢も火炎となつて、枯木木の葉もさらさらさら、めざましかりける次第なり
今までここに色めいた女と見えたものが、たちまち化生の姿を現し、紅葉の梢も火炎と燃えたって、枯木も木の葉もさらさらと——目もさめるばかりの次第であった。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。合方(〔合〕)の指示は省いている。本名題は「色見草月盃」。
能「紅葉狩」に取材する。信濃の戸隠山で紅葉狩の宴に招かれた平維茂が、美しい女に酒を勧められて酔い伏し、女は鬼女の正体を現す。この長唄は女の側から唄い起こし、最後の一句で正体を明かして終わる。
「色見草」は紅葉の異名。本名題の「色見草月盃」はこれと酒宴の盃を並べたもの。
「梓弓」は「引く」の枕詞。「知るべの駒」は道案内の馬。
「ぬるで(白膠木)」は秋に真っ先に紅葉する木。
「紅葉踏む鹿」は、鹿の毛が筆の材料になることから「恋の文かく筆となる」と続ける。「菊と薄」「露が知らせて濡を知る」も同様に、秋の草に恋を寄せる言葉遊び。
「化生」は本来の姿ではないものに変じて現れること。ここでは鬼女の正体をいう。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。