秋の風あきのかぜ
松風 述

秋の夜に、訪れぬ人を待ちわびる女の心をうたう短い曲。長唄のうちでも「めりやす」に近い小品で、他の曲と異なり『徳川文芸類聚』所収の本文による。
あらすじ
秋の空を、頼りない相手の心に重ねて眺める。松に吹く風は音を立てるのに、あの人は訪れない。人目の関に隔てられ、包めばいっそう胸が迫って、泣くにも泣けず眠れもしない。うつらうつらと更ける夜に、相合傘で仲の町を送り返したあの日から、便りも絶えた——秋の葉の色づくように、悔いばかりが染みついていく。
詞章と現代語訳
秋の空、徒し心に比べ見ん
変わりやすい秋の空。あの人の移り気な心と比べてみようか。
松ふく風は音すれど、訪はぬ男のつら憎や
松に吹く風は音を立てて訪れるのに、訪ねて来ないあの人の顔つきの憎らしいこと。
とは思へども
——とは思うけれど。
儘ならぬ人目の関のはてしなさ
思うにまかせぬ人目という関の、その果てしなさよ。
ほんにほんぼにうたてさを
ほんに、ほんに、情けないことを。
包めばいとど胸迫り、泣くも泣かれず寝もやらず
思いを包み隠せばいっそう胸が迫って、泣くにも泣けず、眠ることもできない。
うつらうつらと更くる夜に、わけもないこと思ひわび
うつらうつらと更けてゆく夜に、とりとめもないことを思い悩み。
袖の涙の露しぐれ、相合傘の仲の町、送り返せしその日より
袖にかかる涙は露のよう、時雨のよう。相合傘で仲の町を送り返したあの日から。
文の便りも秋の葉の、染めて悔しき思ひ草
手紙の便りも絶えてしまった。「飽き」の秋の葉が色づくように、心に染みついて悔やまれる物思いよ。
この曲のみ、詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『歌撰集』の本文(著作権消滅)により、繰り返し記号は読みやすく展開した。
原典には〔下〕〔ハル〕〔上〕〔ギン〕〔中ギン〕といった節付けの指示が本文中に挟まれているが、読みやすさのため段の頭に置いたもの以外は省いた。
原典は総かな書きに近い表記のため、読みやすさを考えて漢字を当てた箇所がある。
「秋」に「飽き」を掛けるのが全曲の骨。冒頭の「秋の空」から結びの「秋の葉」まで一貫する。
「仲の町」は吉原の中央を貫く大通り。客を送り出す場所でもあった。
「思ひ草」は南蛮煙管の異名。物思いにふけるさまに掛ける。
作曲年・初演は原典に記載がない。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。