流星りゅうせい
清元 変化物としての題『日月星昼夜織分』 別題『夜這星』 河竹新七 作(原典の記載による) 作曲者・初演年不詳

七夕の夜、年に一度の逢瀬を喜ぶ牽牛と織女のもとへ、夜這星(流れ星)が「御注進」と駆け込み、同じ長屋の雷の夫婦喧嘩のありさまを語って聞かせる、清元と竹本(義太夫)の掛合の曲。変化物『日月星昼夜織分』のうち「星」の一段で、別題『夜這星』。雷の亭主・女房・子雷・婆あ雷を夜這星ひとりで演じ分けるのが眼目で、「ごろごろ」「こよこよ」の擬音に、はやりの端唄「小町思へば」「わがものと」「月がないたか」を取り込み、入れ歯の牙を呑み込んだ婆あ雷の騒ぎで仲直りするまでをおかしく運ぶ。結びは織女の嘆きのクドキから、夜這星が箒星で口舌を掃き出して空へ飛び去り、二つの星も後朝の霧に消えてゆく。原典に「作者 河竹新七」とある(のちの河竹黙阿弥)。仮名書きの多い『柏葉集』の本文に漢字を当てた。
あらすじ
七夕の宵。年に一度の逢瀬のために、織女は日の暮れぬうちから待ち、牽牛は牛の歩みももどかしく八重の雲路をたどって来る。去年は長雨で天の川の水かさが増して渡れず、逢うのは三年越し。ようやく雲の帯を解いて寄り添おうとしたそのとき、「御注進、御注進」と夜這星が駆け込んでくる。何事かと問えば、同じ長屋の雷が夫婦喧嘩の大騒ぎだという。この夏、雷の亭主は端唄の師匠の家に落ちて居候をしているうちに端唄を覚え、天へ帰っても端唄の節で鳴るようになった。女房が「そんなのろけた鳴り方では様をつけてもらえぬ」と言えば、亭主は「粋に端唄で鳴るのが当世、嫌なら出て行け」と怒り、女房も「ここは私の家、お前は傘一本ない婿の身」と言い返す。ごろごろと打ち合うところへ子雷が泣いてすがり、隣の婆あ雷が止めに入るが、弾みで倒れて入れ歯の牙を呑み込み、苦しがる様子のおかしさに夫婦は仲直りする。夜這星は褌で汗をぬぐって語り終える。織女は、また一年待つ悲しさをかこって涙に暮れる。夜這星は二人の口舌を箒星で掃き出して床入りをすすめ、自分も色回りに出かけようと、浅草の鐘、上野の明け六つを聞きながら虚空はるかに飛び去る。牽牛と織女も後朝の霧に隠れて、姿は消えてゆく。
詞章と現代語訳
夫れ銀漢と詩につらぬる五言七言の、堅い言葉を和らぐる〔合〕
そもそも銀漢(天の川)と漢詩に連ねる、五言・七言の堅い言葉を和らげる——
三十一文字の大和歌、天の河原に変らじと、深くも願ふ〔合〕女夫星
三十一文字の大和歌。天の河原に変わるまいと、深く願う夫婦星。
その逢瀬さへ一歳に、今宵ひと夜の契りゆゑ
その逢瀬さえ一年に、ただ今宵ひと夜の契りゆえ——
まだ明星の影うすき、暮れぬ内より織女が〔合〕待てば
まだ宵の明星の光も淡い、日の暮れぬうちから織女が待てば——
待たるゝ牽牛も、牛の歩みのもどかしく、心は先へ行き合の、八重の雲路をたどり来る
待たれる牽牛も、牛の歩みがもどかしく、心は先へ——行き合いの、八重の雲路をたどって来る。
それと見るより鵲の〔合〕飛びたつ思ひ、押し鎮め
それと見るより、鵲の飛び立つような思いを押し鎮め——
なつかしや、我夫様、お変りとてもあらざりしか
なつかしや、我が夫様。お変わりもなかったか。
アヽ思へば年に只一度、此七夕に逢ふのみにて
ああ、思えば年にただ一度、この七夕に逢うばかりで——
雁の便りもなき身の上
雁の便りもない身の上。
なつかしきはいかばかり
なつかしさは、いかばかりか。
とりわけ去年は雨降りて
とりわけ去年は雨が降って——
そもじに逢ふも三年ごし
そなたに逢うのも三年越し。
しかも続きし霖雨に、八十の河原に水増して、妻越し船に棹させど
しかも続いた長雨に、八十の河原に水かさが増して、妻のもとへ渡る船に棹をさしても——
門渡るよすが明ちかく、長鳴き鳥に短夜を
瀬戸を渡るすべもないうちに明け方近く、長鳴き鳥が短夜を告げて——
思へば憂しと引綱も、跡へ引かるゝ後朝に、つれなき別れも昨日と過ぎ
思えば憂し——牛の引き綱も後ろへ引かれる後朝に、つれない別れも昨日と過ぎて。
今日は雨気も中空に、心も晴れて雲の帯、解けて〔合〕寝る夜の嬉しさと、寄りそふ折柄、やみくもに
今日は雨気も中空に消え、心も晴れて、雲の帯を解いて寝る夜のうれしさと、寄り添う折から——やみくもに。
御注進々々々
ご注進、ご注進。
呼ばはる声も高島屋、飛んで気軽な夜這星
呼ばわる声も高く——高島屋——、飛んで気軽な夜這星。
色の世界へ生れしからは〔合〕色をするのが犢鼻褌〔合〕寝るに手まはし、宵から裸
色の世界へ生まれたからは、色をするのが犢鼻褌(ふんどし)。寝るにも手回しよく、宵から裸。
ぞつと夜風に
ぞっと夜風に——
ハヽハツクサメ、きやつが噂をして居るか、エヽ畜生めと夕闇を
は、は、はっくしょん。あいつが噂をしているか、ええ畜生めと、夕闇を——
足も空にて駆け来り
足も宙に浮くほどに駆けて来た。
たかと思へば夜這星
(来)たかと思えば、夜這星。
注進とは何事なるか
注進とは何事か。
様子はいかに
様子はどうだ。
ハツ、されば候されば候、も一つまけてさん候ヲ
はっ、されば候、されば候——もう一つ負けて、さん候。
凡夜這と化け物は、夜中のものに、宵のうちとろとろやらふと思ひの外、一つ長屋の雷が夫婦喧嘩の〔合〕乱さはぎ
およそ夜這いと化け物は夜中のものなのに、宵のうちからとろとろやろうと思いのほか、同じ長屋の雷が、夫婦喧嘩の大騒ぎ。
聞けば此夏流行の端唄の師匠へ〔合〕おつこちて、気は失はねど肝腎の〔合〕雲を失ひ〔合〕居候
聞けば、この夏はやりの端唄の師匠のところへ落っこちて、気は失わなかったが肝心の雲を失い、そのまま居候。
そこで端唄を聞覚へ、此天上へ帰つても、ツイ口癖に鳴るときも
そこで端唄を聞き覚え、この天上へ帰っても、つい口癖に、鳴るときも——
小町思へば照る日も曇る、四位の少将が涙雨
〽小町を思えば照る日も曇る、四位の少将の涙雨。
ごろごろごろ
ごろごろごろ。
ごろごろ〔合〕エヽごろごろ
ごろごろ。ええ、ごろごろ。
聞く女房は呆れ果て、コレ
聞く女房はあきれ果て、これ——
そんなのろけた鳴りやうでは、怖がるお臍で茶を沸かそう
そんなのろけた鳴り方では、怖がるはずのおへそが茶を沸かそう。
鳴るなら大きな声をして
鳴るなら大きな声をして——
ごろくごろごろ。ぴかぴかぴか、ごろごろごろ、ぴかぴかぴか、イヤごろごろごろごろ、ぴつしやり
ごろごろごろ。ぴかぴかぴか、ごろごろごろ、ぴかぴかぴか、いや、ごろごろごろごろ、ぴっしゃり。
ト鳴らねば様をつけられぬ
と鳴らねば、雷様と「様」をつけてはもらえぬ。
言へば亭主は腹を立て
と言えば、亭主は腹を立て——
それは昔の雷だ、大きな声で鳴らずとも、粋に端唄で鳴るのが当世、それが嫌なら出てゆきやれ
それは昔の雷だ。大きな声で鳴らずとも、粋に端唄で鳴るのが当世。それが嫌なら出て行きやれ。
なに、出て行けとへ
なに、出て行けと。
オヽサ、角を見るのも嫌になつた
おおさ、角を見るのも嫌になった。
我ものと〔合〕思へば軽き傘の雪
〽わがものと思えば軽き傘の雪。
我物ゆへに仕方なく、我慢をすればつけあがり、亭主を尻に引ずり女房、サア恋の重荷の子供をつれ、きりきりと出て行きやれ
我が物ゆえに仕方なく、我慢をすればつけあがり、亭主を尻に敷く引きずり女房め。さあ、恋の重荷の子供を連れて、きりきりと出て行きやれ。
イエイエ、爰はわたしの内
いえいえ、ここは私の家。
お前は婿の小糠雨がさ一本もない身の上
お前は婿養子。小糠三合もない——小糠雨の雨傘一本もない身の上。
うぬ、そうぬかせば了簡がと、打つてかゝるを
うぬ、そうぬかすなら了簡ならぬと、打ってかかるのを——
ごろごろ
ごろごろ。
ごろごろごろごろと鳴る音に〔合〕
ごろごろごろごろと鳴る音に——
そばに寝てゐた子雷
そばに寝ていた子雷が——
こよこよこよと起きあがり
こよこよこよと起き上がり——
コレ、ととさん、可愛そうにかゝさんを
これ、父(とと)さん、かわいそうに母(かか)さんを——
背負た太鼓じやあるまいし〔合〕なんでそのよに叩くのじや〔合〕
背負った太鼓じゃあるまいし、なんでそのように叩くのじゃ。
堪忍してと、こよこよこよ
堪忍してと、こよこよこよ。
かゝる騒ぎに隣りから婆ア雷が止めに来て
この騒ぎに、隣から婆あ雷が止めに来て——
エヽ、お前がたはどふしたのじや。夫婦喧嘩は雷獣も食はぬに、野暮を夕立ば、どんな太鼓の八つ当り、出て行けとの一声は
ええ、お前がたはどうしたのじゃ。夫婦喧嘩は雷獣も食わぬというに、野暮を言う(夕立)なら、どんな太鼓の八つ当たり。出て行けとの一声は——
月が鳴いたか時鳥、いつしか白む短夜に、まだ寝も足らぬ手枕や
〽月が鳴いたか時鳥、いつしか白む短夜に、まだ寝も足らぬ手枕や。
アレ、おなるさんもくよくよと
あれ、おなるさんもくよくよと——
愚癡なやうだが〔合〕
愚痴なようだが——
コレマ、泣いて居るはいな
これまあ、泣いているわいな。
端唄に免じて、五郎介どの、了簡してと、ごろごろ
端唄に免じて、五郎介どの、了簡してと、ごろごろ。
イエイエ、私しやぶたれたからは了簡
いえいえ、わたしゃぶたれたからは、了簡——
ならぬと、ごろごろ
ならぬと、ごろごろ。
ならずばうぬと、ごろごろごろ
ならずば、うぬと、ごろごろごろ。
とゝさん待つてと、こよこよこよ
父さん待ってと、こよこよこよ。
これはしたりと、ごろごろ止めるはづみに、雷婆ア、うんとばかりに倒るれば、こりやころりではあるまいか
これはしたりと、ごろごろを止める弾みに、雷婆あがうんとばかりに倒れれば、こりゃころりではあるまいか。
医者よ、鍼医と
医者よ、鍼医よと——
立騒げば
立ち騒げば——
入歯の牙を呑み込んで、胸につかへて苦しやといふに、おかしく中直り
入れ歯の牙を呑み込んで、胸につかえて苦しやと言うのに、おかしくなって仲直り。
夫婦喧嘩のあらましは、かくの通りと、褌で汗を拭ふてゐたりける
夫婦喧嘩のあらましはこの通りと、褌で汗をぬぐっていたのであった。
織女は更行く小夜風に、名残を惜しむ託言
織女は、更けゆく小夜風に、名残を惜しむかこちごと。
今宵逢ふたる嬉しさに〔合〕又一歳の悲しさは、別れしあとの物思ひ〔合〕身は空蝉の現なく、五百機立てゝ織り立つる、筬の通ひも上の空〔合〕
今宵逢えたうれしさに、また一年待つ悲しさは、別れたあとの物思い。身は空蝉のように現なく、五百機を立てて織りなす筬の行き来も、上の空。
帰る雁がね、来る燕、春過ぎ夏にこの秋を
帰る雁がね、来る燕。春が過ぎ、夏が過ぎ、この秋を——
待つ身に長き悲しさを、汲み分けてたべ我夫と
待つ身に長い悲しさを、汲み分けてくだされ、我が夫と——
託ち涙に暮れければ
嘆きの涙に暮れていると——
中を隔てゝ夜這星、これはどふした文句やら
二人の中を隔てて夜這星。これはどうした文句やら。
口舌はさゝらさらりつと、箒星にて掃き出し、サアサア早くお床入り
痴話喧嘩はさらりと箒星で掃き出して、さあさあ、早くお床入り。
これから我等も色まはり
これから我らも色回り。
西へ飛ふか〔合〕東へ飛ぼか、どちへ行かふぞ、思案橋、エヽ
西へ飛ぼうか、東へ飛ぼうか、どちらへ行こうぞ思案橋。ええ——
浮れ浮るゝ足の下、撞き出す鐘は浅草か
浮かれ浮かれる足の下、撞き出す鐘は浅草か——
雲の上野の明六つに、なむさん、夜明に此なりでは〔合〕
雲の上、上野の明け六つに——南無三、夜明けにこの格好では——
日の目もあればと言ひ捨てゝ、虚空はるかに
日の目もあるからと言い捨てて、虚空はるかに——
ハヤおさらば
はや、おさらば。
牽牛織女も後朝に
牽牛・織女も後朝の別れに——
秋去り衣、去りかぬる
秋去り衣、去りかねる——
契りも深き霧がくれ
契りも深い霧に隠れ——
姿は
姿は——
消えて失せにける。
消えて失せたのであった。
この曲は詞章の出典が他の清元と異なる。国書刊行会『徳川文芸類聚』第九 俗曲上所収『柏葉集』の本文(著作権消滅)による。目次の題名は『日月星昼夜織分(夜這星)』、本文の題名は『〔三光之内/七夕の星〕日月星昼夜織分(夜這星)』。原典に「作者 河竹新七」とある。
原典は仮名書きが多いので、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。原典が漢字で書いている字はそのまま残した。
清元と竹本(義太夫)の掛合の曲である。原典の〔竹本〕は義太夫の受け持ち。原典で役者の名で記された話し手は役名に置き換えた(粂三郎・粂は織女、権十郎・権は牽牛、小團次・小は夜這星)。〔詞〕の台詞は、夜這星が雷の一家を演じ分けるところ。原典の〔●〕は意味を定めがたく(清元の受け持ちの印か)、記号は写さなかった。〔竹木〕は〔竹本〕、〔詞力ヽリ〕は〔詞カヽリ〕の写し誤りと見た。
「色の世界へ生れしからは」の段の頭は、原典では「〔いろの世界へ」と〔になっている。写し誤りと見て、本文として扱った。
繰り返し記号は、直前の語句(多くは「ごろ」「こよ」「くよ」など仮名二字)を繰り返すものとして展開した。「されば候/\」は「されば候」を繰り返すもの、「きぬ/゛\」は「きぬぎぬ」と見た。「ごろく/\/\」の「く」は踊り字の写し誤りかもしれないが、原典のまま残した。どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。「御注進々々々」の々は原典のまま残した。
原典の用字「ゆへ」「どふ」「そう」「おかしく」「飛ふか」「愚癡」はそのまま残した。
洒落の多い曲である。「声も高島屋」は夜這星を勤めた市川小團次の屋号に「声も高」を掛ける。「雲を失ひ居候」は居候(いそうろう)と「居り候」を掛ける。雷の亭主の名「五郎介」はごろごろ、女房の「おなる」は鳴るに掛ける。「夫婦喧嘩は雷獣も食はぬ」は「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」のもじり、「野暮をゆふ立ば」は「言うたら」と夕立を掛ける。「小ぬか雨がさ一本もない」は「小糠三合持ったら婿に行くな」の諺に、小糠雨・雨傘を掛けたもの。「くもの上野の明六つ」「鐘は浅草か」は芭蕉の「花の雲鐘は上野か浅草か」を踏む。端唄「わがものと思へば軽き傘の雪」は其角の句による。
語義や切り方を定めがたい箇所は原典のまま残した。「かけ来り」と次の段の「たかと思へば」の続き(「来りたかと」とも「来たかと」とも読め、切り方を断じきれない)、「こよこよ」(子雷の小さな鳴り声と見た)、「乱さはぎ」の読み、「色をするのが犢鼻褌」の意、「さん候」(「さ候」の訛りと見た)。