藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
長唄

梅の栄うめのさかえ

祝儀曲

梅の栄 白梅と鶯
白梅と鶯

初春を寿ぐ祝儀の一曲。屠蘇の香に猩々の盃を重ね、鶯と羽根つきの初春の景を経て、末は「喜三が春」と名を詠み込み、三味線の一節に祝いを結ぶ。

あらすじ

「鶏が啼く」の枕詞に導かれて東国の春が明ける。めでたい島台の飾りを富士と筑波になぞらえ、遠近の山は白妙、浅い春の日に残雪がとけはじめる。のどかな空、朝日に匂う梅の風が四方に渡り、軒端には屠蘇の香り。潯陽の江に伝え聞く猩々の舞ではないが、さす手引く手の盃にほのめく色も移って、薄紅梅の酔い心地。開く扇は末広がり、四海波静かな御代に鶯が来て啼き、花がほころぶ。羽子の数をかぞえれば、ひとつふたつ三重の初霞。糸竹の音は鶴亀の齢、変わらぬ色は松竹に。千代の声を添える喜三が春、梅の栄えと世に広く、三つの緒琴に祝す一節。

詞章と現代語訳

とり吾妻あづまひがしはるの、けて目出度めでた島台しまだいを、富士ふじ筑波つくばにたとへし、遠近山をちこちやま白妙しろたへや、まだふるからぬはるに、のこんのゆきのとけめて

「鶏が啼く」と歌に言う東国の、東に立つ春。年が明けてめでたい島台の飾りを富士と筑波の山になぞらえれば、遠くの山も近くの山もまっ白である。まだ浅い春の日に、残り雪がとけはじめて。

そら長閑のどかにそよくと、あさひにほうめかぜ四方よもにわたりて軒端のきばもる、屠蘇とそかをりやうめもさけ

空ものどかに、そよそよと。朝日に匂う梅の風が四方に渡って、軒端から漏れてくる屠蘇の香り。梅も咲け——酒の縁につながる言葉のあや。

潯陽じんやうつたく、猩々しやうじやうふあらねども、さすさかづきに、ほのめくいろのともうつり、薄紅梅うすこうばいひごころ

あの潯陽の江に伝え聞く、猩々の舞ではないけれど、さす手引く手に持つ盃にほのかに映る色も移って、薄紅梅のようなほろ酔い心地である。

ひらあふぎ末広すゑひろや、こゑもゆたかに四海波しかいなみしづけき御代みよにうぐひすの、いつか来啼きなきてはなみに

開く扇は末広がり。声も豊かに「四海波静か」と謡われる御代に、鶯もいつのまにか来て啼いて、花もほころぶ。

小羽子こばねかぞふるも、ひとふた三重みへ初霞はつがすみ

羽根つきの羽子を数えるのも、ひとつ、ふたつ、三つ——一重二重三重にたなびく初霞のようである。

くや綾緒あやを糸竹いとたけも、ながよはひ鶴亀つるかめや、かはらぬいろ松竹まつたけに、千代ちよこゑそふ喜三きさはるうめさかえひろく、つの緒琴をごとしゆくひとふし

弾き鳴らす綾緒の糸竹の音も、長い齢を保つ鶴亀のよう。変わらぬ色は松と竹に。千代の声を添える喜三が春——梅の栄えと世に広く、三味線の一節に祝いを込めるのである。

この曲は詞章の出典が他と異なる。純邦楽詞章集に立項がないため、『長唄撰集』第三編(大正十四年・長唄会編・著作権消滅)所収の本文(国立国会図書館デジタルコレクション所蔵本)により、繰り返し記号は読みやすく展開した。

原典は木版の行書体のため、読み取りに推定を含む箇所がある。とくに「たとへし」「まだ旧からぬ」「ほのめく色のともうつり」「小羽子の子の数ふるも」「綾緒」は字が判読しきれず、前後の文意から補った。お手元の稽古本と必ず照合されたい。

「鶏が啼く」は「吾妻(東)」にかかる枕詞。「島台」は蓬莱山をかたどった祝儀の飾り物で、正月や婚礼の席に据える。

「潯陽」は中国の川の名。酒を好む霊獣猩々が現れたという伝えで、能「猩々」の舞台。屠蘇・盃から猩々の酔いへと言葉を運んでいる。

「四海波静か」は謡曲「高砂」の一節で、天下泰平をいう祝言の言葉。

「喜三が春」は長唄三味線方の名跡・杵屋喜三郎の名を詠み込んだもので、その襲名を寿ぐ詞と考えられる。曲名の「梅の栄」もこの結びから取られている。

「三つの緒琴」は三本の糸の琴、すなわち三味線をいう。

作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。