木賊刈とくさがり
変化舞踊「姿花秋七種」の一 能「木賊」に取材 資料の題名読み「とくさかり」

信濃園原の里で木賊を刈る老人が、秋の月を友に昔話をする。爺と婆の睦まじさを語り、末は老いてなお足腰の達者なことを誇って結ぶ。
あらすじ
面白いことよ、梢はどれも一葉が散り、嵐は音だけを残していくのだろう。三下りに転じて、木賊を刈る——その園原山の木の間から、磨かれたように出る秋の月。露を分ける衣の袖は濡れて、牡鹿の鳴く野の行く末と。あの人は信濃路、私はまた老いを養う楽しみに、心を磨く種にもと——さあ木賊を刈ろうよ。今宵の月を友として、昔話にひとり笑む。むかし爺と婆があったとさ。爺は山へ柴刈りに、婆は川へ洗濯に。互いにうしろ姿を見送って、山と河へと出てゆかれる。婆は峰のあたりを見やりながら、北山おろしが烈しくて、さぞ寒かろう、いとしいことと、我が身よりもなお爺殿の身の上を思う。ともに白髪の二人が連れ立って急ぎ行く。「おらが元気はなあ、若い者にも」——いつかないつかな、めったには負けぬ。九十九折の、えりくりえんじょの山路であろうとも、足はしっかり、腰をそらして杖もいらぬ。そうして浮世の語り草となったのであった。
詞章と現代語訳
面白や梢はいづれ一葉ちる、嵐や音を残すらん
面白いことよ。梢はどれも一葉ずつ散って、嵐は音だけを残していくのであろう。
木賊刈る
木賊を刈る——。
其の原山の木の間より
その園原山の木の間から。
磨かれ出る秋の月、露分け衣袖ぬれて、男鹿鳴く野の行末と、夫は信濃路我は又、老を養ふ楽しみに、心を磨く種にもと
磨かれたように出てくる秋の月。露を分けて歩む衣の袖は濡れ、牡鹿の鳴く野の行く末と——あの人は信濃路、私はまた、老いを養う楽しみに、心を磨く種にもと。
いざや木賊を刈らうよ
さあ、木賊を刈ろうよ。
今宵の月を友として、昔話の独り笑み
今宵の月を友として、昔話を思い出してはひとり笑む。
昔ぢいと婆とがあつたとさ、爺は山へ柴刈に、婆は川へ洗濯に、互に跡を見送りて、山と河へぞ出らるる
むかし、爺と婆があったとさ。爺は山へ柴刈りに、婆は川へ洗濯に。互いにうしろ姿を見送って、それぞれ山と河へと出てゆかれる。
婆は尾上を見やりつつ、北山おろしの烈しくて、嘸寒かろういとしやと我身より尚爺殿の、身の上思ふ諸白髪、うち連れて急ぎ行く、おらが元気はナア若い者にも
婆は峰のあたりを見やりながら、北山おろしが烈しいので、さぞ寒かろう、いとしいことと、我が身よりもなお爺殿の身の上を思う。ともに白髪の二人が連れ立って急ぎ行く。「おらが元気はなあ、若い者にも」
いつかないつかな
いつかな、いつかな——。
めつたにや負ぬ、九十九折なるゑりくりゑんじよの山路なりと
めったには負けぬ。九十九折の、えりくりえんじょの山路であろうとも。
いつかないつかな滅多にや負ぬ、九十九折なるゑりくりゑんじよの山道なりと、足はしつかり腰をそらして杖いらぬ、浮世語となりにけり
いつかな、いつかな、めったには負けぬ。九十九折の、えりくりえんじょの山道であろうとも、足はしっかり、腰をそらして杖もいらぬ——そうして、浮世の語り草となったのであった。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。合方(〔合〕)の指示は省いている。
〔 〕で括った調子の名は原典のまま。変化舞踊「姿花秋七種」の一。
能「木賊」に取材する。信濃国園原の里で、失った我が子を思いながら木賊を刈る老人の物語。ただしこの長唄では悲しみの筋を追わず、老いの楽しみと爺婆の睦まじさを唄う明るい仕立てになっている。
「木賊」はトクサ科の草。茎に珪酸を含んで硬く、乾かして物を磨くのに用いた。「磨く」の縁語として「磨かれ出る秋の月」「心を磨く種」と重ねる。
「園原」は信濃の歌枕。「その原山」に地名を掛ける。
「昔爺と婆とがあったとさ」以下は昔話の語り口をそのまま取り入れた部分。老人の独り語りとして唄われる。
「えりくりえんじょ」は意味の定かでない囃子詞。九十九折の険しい山道を踏みしめる調子をあらわす。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。