新はごろもしんはごろも
作詞者・作曲者・初演年不詳 別題「相生新はごろも」(あいおいしんはごろも) 原典の題名「相生新はごろも」

能『羽衣』に拠り、三保の松原の春景から説き起こし、中ほどに枕尽くしをはさんで、天女が霞に紛れて消えてゆく終曲へ運ぶ。他の曲と異なり『徳川文芸類聚』所収の『歌撰集』による。
あらすじ
朝風に鳴る松は常磐の声。波音のない朝凪に釣人が多く、折しも春の景色である。三保の松原へ、白龍もいざや通おう。天の原を振り仰げば霞が立ち、空をゆく雲を羨ましげに眺める。迦陵頻伽の馴れ馴れしい声、帰りゆく雁の天路を聞けば懐かしい。千鳥や鴎の沖つ波、行くのか返るのか、変わる風、天女の羽風がひらひらと。雨に潤う新枕、二つ枕は相生の松——待つ夜はつらい長枕、浮かぬ調子の三味線枕、いとしい人の文枕、心変わりなさるなという木枕、よそへは靡かぬ下紐をしゃんと締める括り枕、袖枕。こんな縁もあるものか、人目に羨まれるふたり寝の肘枕。東遊びの舞の曲、その名も月の色人は十五夜の空に。やがて時が移り、天の羽衣は浦風にたなびいて三保の松原、浮島が原、愛鷹山や富士の高嶺もかすかになって、天津御空の霞に紛れて消えていった。
詞章と現代語訳
朝風の松は常磐の声ぞかし、波は音なき朝凪に、釣人多きをよねかなと、時しも春の景色や
朝風に鳴る松の音は、常磐に変わらぬ声であることよ。波の音もない朝凪に釣人の多いのを眺めれば、折しも春の景色である。
三保の三保の松原に、白龍もいざや通はん、いざや通はん
三保の、三保の松原へ——白龍もいざや通おう、いざや通おう。
天の原ふりさけ見れば霞たつ、空にもいつしか行く雲の、羨ましげにうち眺め
天の原を振り仰いで見れば霞が立ち、その空をいつしか流れてゆく雲を、羨ましげに眺めやる。
迦陵頻伽のなれなれし声、いまひらに雁がねの、帰りゆく天路を聞けば懐かしや
迦陵頻伽の馴れ馴れしい声。そして雁が帰ってゆく天路の声を聞けば、なんと懐かしいことよ。
千鳥鴎の沖つ波、行くか返るか変る風の、天人の羽風のひらひらと、雨に潤ふ新枕
千鳥や鴎の飛ぶ沖つ波。行くのか返るのか、そのたびに変わる風——天人の羽風がひらひらと。そして雨に潤う新枕。
二つ枕は相生の松、夜はつらい長枕
並べた二つの枕は相生の松——けれど、待つ夜はつらい長枕。
浮かぬ調子の三味線枕、いとしかわいの文枕
浮かぬ調子の三味線枕。いとしいかわいいと書き交わした文を敷く文枕。
変らしやんすな木枕の、よそへは靡かぬ下紐しやんと、括り枕や袖枕
心変わりなさいますなという木枕。よそへは靡かぬと下紐をしゃんと締める括り枕、そして袖枕。
こんな縁しがからにもあろかいな、めへ羨むふたり寝る夜の肘枕
こんな縁もほかにあるものか。人が羨むふたり寝の夜の肘枕。
東遊びの舞の曲、その名も月の色人は三五夜中の空にまた
東遊びの舞の曲。その名も月の色人は、十五夜の空にまた——。
さる程に時移つて、天の羽衣浦風に、たなびきなびく三保の松原
そうするうちに時は移り、天の羽衣は浦風にたなびき、なびいて三保の松原。
浮島が雲の足高山や、富士の高嶺かすかになつて、天津御空の霞に紛れて失せにけり
浮島が原、雲のかかる愛鷹山や富士の高嶺もかすかになって、やがて天津御空の霞に紛れて消えていったのであった。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『歌撰集』の本文(著作権消滅)により、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方〔合〕の指示は省いた。原典は目次の題名を「新はごろも」、本文の題名を「相生新はごろも」とする。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた箇所が多い。
能『羽衣』に拠る。「白龍」は『羽衣』に登場する三保の漁夫の名。結びの「天の羽衣浦風に……霞に紛れて失せにけり」は『羽衣』の終曲をほぼそのまま用いる。
「迦陵頻伽」は極楽に住むという美声の鳥。上半身が人、下半身が鳥の姿に描かれる。『羽衣』にも見える語。
「三五夜中」は十五夜。白居易の「三五夜中新月の色」による。「月の色人」は天人をいう。
「東遊び」は駿河の有度浜に天人が降りて舞ったのが起こりと伝える舞楽。『羽衣』の舞の由来として語られる。
中ほどは枕尽くし。長枕・三味線枕・文枕・木枕・括り枕・袖枕・肘枕と枕の名を連ねる。原典もこの曲を物尽くしに分類する。
「相生の松」に「待つ」を掛ける。別題の「相生新はごろも」はこれによる。
「浮島が原」は富士山南麓の低湿地。「足高山」は愛鷹山。いずれも三保から富士を望む道筋の地名。
「よねかな」「いまひらに」「めへ」は語義が定かでないため原典のままとした。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。