常盤の庭ときわのにわ
杵屋六左衛門 述 資料の題名『常磐庭』

厳島の御社に始まり、江戸高輪の海辺の四季を唄いつぐ。末は弁財天の恵みを寿ぎ、松の緑の常盤なる庭を祝って結ぶ。
あらすじ
そもそも厳島の御社は人皇七十四代の御宇に再建された宮柱。幾百年を白浪に数の灯火が照り渡る。その面影を東の地に写した眺めは、築地の海原。南は蒼海が雲に続き、遠山ははるかに薄霞、千船百船が行き通う春の曙、富士の雪がのどかに匂う朝日影である。三下りに転じて、仇と恋とをうつせ貝、もしや海松布を打ち寄せる浪に撫子貝の可愛らしさ。差し来る潮に漕ぎ来る、ゆかしい船の青簾。音締めも高い高輪に馴れた鴎が、三つ四つ二つ六つ——むつまじい竹芝に、見えつ隠れつ沖洲の蘆に翼も涼しい夕まぐれ。身にしむころは立秋の、苫屋の煙が隈取って、絵島が崎や明石潟。須磨の浦辺で潮を汲む海人は、しんきらしいではないか。よいよいよいやさ、それへ。ここは小浜の月をめで、霜を重ねて打つ砧。初冬の板屋を叩く玉霰、音も寒々しい閨の戸を、閉ざさずに慰める友千鳥。ちりやちりちり、ちりちりはっと、夜半の漁火に四つ手網——世を渡る生業のしなじなは、言の葉草にも及ばない。本調子となって、ただこの庭は年ごとに松の緑が生い茂り、四季折々の風景は弁財天女の御恵み、福寿円満は限りない。舞の秘曲の面白さよ。浪の鼓に笛竹の十二の律を三筋の糸に調べ整える一節は、春夏秋冬の楽しみ——千代に万代を祝い祝ってやまない。
詞章と現代語訳
そもそも厳嶋の御社は、人皇七十四代の御宇かとよ、再建ありし宮柱、幾百歳か白浪に
そもそも厳島の御社は、人皇七十四代の御代のことであったか、再建された宮柱——幾百年を白浪に。
数の灯火照り渡り、その面影を吾妻なる
数々の灯火が照り渡る。その面影を、東の地に写した——。
眺めは築地海原の、南は蒼海雲につづき
その眺めは築地の海原。南は蒼い海が雲に続き。
遠山遥かに薄がすみ
遠い山ははるかに薄霞のなか。
千船百船行き通ふ、春の曙
千の船、百の船が行き通う、春の曙。
不二の雪、長閑に匂ふ朝日影
富士の雪が、のどかに匂う朝日影のなかに。
仇と恋とを空せ貝、もしや海松布を打寄る浪に、撫子貝の可愛らし
仇と恋とをうつせ貝——もしや見る目もあろうかと、海松布を打ち寄せる浪に、撫子貝の可愛らしいこと。
さしくる汐に漕ぎ来る
差してくる潮に、漕ぎ寄せてくる——。
床しき船の青簾、音締も高き高輪に、なれて鴎の三つ四つ二つ六つ、むつまし竹芝に
ゆかしい船の青簾。音締めも高い高輪に馴れた鴎が、三つ四つ二つ六つ——むつまじい竹芝に。
見えつかくれつ沖洲の蘆に、翼すずしき夕まぐれ身に入む頃は立秋の
見えつ隠れつ、沖洲の蘆に翼も涼しい夕まぐれ。身にしみる季節は、もう立秋の。
苫屋の煙隈どりて、絵嶋が崎や明石潟
苫屋の煙が景色を隈取って、絵島が崎や明石潟。
須磨の浦辺で汐汲む海士は、しんきらしいぢやないかいな、よいよいよいよいよいやさそれへ
須磨の浦辺で潮を汲む海人は、なんともじれったそうではないか。よいよい、よいやさ、それへ。
ここは小浜の月をめで
ここは小浜の月を愛でて。
霜をかさねて打つ砧
霜を重ねて打つ砧の音。
はつ冬の板屋を叩く玉霰、音もさむけき閨の戸を、ささでなぐさむ友千鳥、ちりやちりちり
初冬の板屋を叩く玉霰。音も寒々しい閨の戸を、閉ざさずにいて慰めてくれる友千鳥。ちりやちりちり。
ちりちりはつと、夜半の漁火四ツ手網、世わたる業のしなじなは、言の葉草の及びなき
ちりちりはっと飛び立つ。夜半の漁火に四つ手網——世を渡る生業のさまざまは、言の葉ではとても言い尽くせない。
ただ此の庭は年毎に、松の緑のおひ茂り、四季折々の風景は弁財天女の御めぐみ、福寿円満限りなき
ただこの庭は年ごとに松の緑が生い茂り、四季折々の風景は弁財天女の御恵み。福寿円満は限りない。
舞の秘曲の面白や
舞の秘曲の面白いことよ。
浪の鼓に笛竹の、十二の律を三筋の糸に、調べととなふひと節は、春夏秋冬楽しみの、千代に万代祝し祝して
浪を鼓とし、笛竹の十二の律を三筋の糸に調べ整えるこの一節は、春夏秋冬の楽しみ——千代に万代を祝い、祝ってやまないのである。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。合方(〔合〕)の指示は省いている。資料の題名は『常磐庭』。
〔 〕で括った調子の名は原典のまま。
安芸の厳島神社を江戸に勧請した社(芝の厳島神社など)の庭を寿ぐ趣向。前半は厳島から江戸湾の眺めへと転じ、築地・高輪・竹芝・沖洲と海辺の地名を連ねる。
「人皇七十四代」は鳥羽天皇の代にあたる。厳島神社は平清盛による造営で知られる。
「うつせ貝」「海松布」「撫子貝」は貝尽くし。「海松布(みるめ)」に「見る目」を掛ける。
中盤は絵島が崎・明石潟・須磨・小浜と諸国の浦を連ね、秋から冬への景に転じる物尽くしの手法による。
「十二の律」は雅楽の十二の音律。それを三味線の三本の糸で調べ整えるという。
弁財天は音曲の神。「福寿円満」の恵みを庭の松の常盤の緑に重ね、曲名の「常盤の庭」となる。
作曲年・初演は原典に記載がない。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。