藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
清元

山帰りやまがえり

清元  本名題『山帰強桔梗』 変化物としての題『法花姿色々』  作詞者・作曲者・初演年不詳

山帰り 朝顔と納太刀
朝顔と納太刀

相模の大山(石尊大権現)へ参った江戸っ子の、帰り道の意気を写す一段。本名題『山帰強桔梗』、変化物『法花姿色々』の一。盆の魂棚を前に「跡は野となれ山参り」と出かけ、夜山で盆を切り払う納め太刀、麓の子安の定宿、福の神の江の島から神奈川へと、大山帰りの道筋をたどる。中ほどは四谷で見初めた女との因果な縁を「石尊様の引き合わせ」とのろけ、「親が叱ろが折檻しょうが」の俗謡へ。後半は稲荷丸の船唄と「しょんなぐれ」の囃子詞をはさみ、明日の朝顔のかけ流し、江戸っ子紫の勇みは水によるならん、と納める。当ライブラリの清元「お祭」で鳶の頭が語り出す「去年の山帰り」の、その大山参りである。江戸の俗語や洒落が多く、語義の定めがたい語をいくつか注記に挙げた。

あらすじ

盆の魂棚を飾る季節、あとは野となれと大山参りに出かけた江戸っ子。男は裸百貫の心意気で懸け念仏も向こう見ず、夜山で盆を切り払うように納め太刀を奉り、麓の子安の定宿へ下りて蚊帳のうちにくつろぐ。帰りは福の神の江の島に寄り、神奈川へ。便りの文で女の鞍替え先を尋ねる自分を「奇特な大馬鹿者」と笑い、腕に彫った女の名の入れ墨にもまだ引導を渡せない。四谷で初めて逢った時から好いたらしいと思った女とは、めぐりめぐって大山で石尊様の引き合わせ。親に叱られようが折檻されようが、惚れた人を捨てられようか、と俗謡を口ずさむ。稲荷丸の船唄に乗って「若い時は二度ない」「その気でなければ生物は食えぬ」と囃し、明日は朝顔に水をかけ流す——その粋な紫こそ江戸っ子で、勇みは江戸の水から来るのだろう、と納める。

詞章と現代語訳

伊勢いせの御が〔合〕たまなしのさとならずして〔合〕魂棚たまだなかざる宿やどの〔合〕あととなれ山参やままゐり〔合〕

伊勢の御の「玉なしの里」ではないけれど、魂棚を飾る我が家は、あとは野となれ——と山参り。

なんのその、をとこはだか百貫ひやくくわんの〔合〕かけ念仏ねんぶつむかず〔合〕夜山よやまぼんをすつぱりと〔合〕きりはらつたる〔合〕納太刀をさめだち諸願しよぐわん定宿ぢやうやど子安こやすまで、おりて五六ごろく蚊帳かやのうち〔合〕

なんのその、男は裸百貫の心意気、懸け念仏も向こう見ず。夜山で盆をすっぱりと切り払った納め太刀。諸願の定宿の子安まで下りて、五六の蚊帳のうち。

四六しろくの〔合〕あまにおとつたる〔合〕どぶつに二朱にしゆもん有難ありがた

四六のあまにも劣る「どぶつ」に、二朱とはありがたい。

よいふくかみしまに〔合〕喰合くひあひ〔合〕ないとこ〔合〕唐人たうじんと、よこにかすつて〔合〕神奈川かながは

よい福の神の江の島に詣で、食い合わぬ唐人とは横にかすって、神奈川の——

便たよりふみ鞍替くらがへを、たづねて奇特きどく箆棒べらばうは、ながらも羽根沢はねさはや、のろいうでの〔合〕文身いれずみへ、まだ引導いんだうわたさずに、あつたとこから物言ものいひを〔合〕嫌味いやみやつさ、どうだらう〔合〕

便りの文で鞍替え先を尋ねてくる奇特な大馬鹿者は、我ながら羽根沢(はねさわ)か。のろけた腕の入れ墨にまだ引導を渡さずに、会ったところから物言いとは、嫌味な奴さ、どうだろう。

四谷よつやはじめてふたとき〔合〕いたらしいとおもふたが、因果いんぐわえん糸車いとぐるま

四谷で初めて逢った時、好いたらしいと思ったが、因果な縁の糸車——

めぐりめぐりて大山おほやまも、石尊せきそんさまの〔合〕引合ひきあは

めぐりめぐって大山も、石尊様のお引き合わせ。

おもへばほんに南無なむ奇妙きめう〔合〕頂礼ちやうらいな、むまいなかではないかいな

思えばほんに、南無奇妙頂礼——うまい仲ではないかいな。

いろにやいのちもやりはなし〔合〕大和やまと人形にんぎやう大和屋やまとやが、しやうないふしやつてりよ〔合〕

色には命もやりっぱなし。大和人形を大和屋が——しょうない節をやってくりょう。

おやしかろが折檻せつかんせうが、まゝよノウこれれた殿とのさがすてらりよか〔合〕

親が叱ろうが折檻しようが、ままよ、のう、これ。惚れた殿御が捨てられようか。

いか坂サツとふねは〔合〕

いか坂さっと出す船は——

ふね稲荷丸いなりまる船頭衆せんどうしゆは〔合〕きつねヤツトコセ〔合〕あせかいて〔合〕

船は稲荷丸、船頭衆は狐、やっとこせ、汗かいて。

しよんなぐれ〔合〕

しょんなぐれ。

わかとき二度にどない〔合〕

若い時は二度とない。

でなければ生物なまものはれぬ〔合〕

その気でなければ、生物は食われぬ。

しよんなぐれ、おつとろしいでは〔合〕あるまいか

しょんなぐれ、おっそろしいではあるまいか。

あす朝顔あさがほのかけながし、其処そこ江戸えどむらさきと、いさみみづるならんるならん

明日の朝顔に水をかけ流す——そこが江戸っ子の紫。その勇みは、江戸の水によるのであろう、水によるのであろう。

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第三編 清元集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。資料の題名は『山帰強桔梗』(やまかえりまけぬききょう)。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。繰り返し記号(めぐり/\、因るならん/\)は直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。

本名題は『山帰強桔梗』、変化物としての題は『法花姿色々』(のりのはなすがたのいろいろ)。原典に述者の記載はなく、作詞者・作曲者・初演年は不詳。

大山参りは相模の大山(石尊大権現)への参詣で、江戸の職人衆に好まれた夏の行事。木太刀を担いで登って奉納する「納太刀」、盆の前の参詣の終わりにあたる「盆山」、麓の宿の地「子安」など、その風俗を詠み込む。

語義を定めがたい語、切り方を断じきれない箇所は原典のまま残した。冒頭の「伊勢の御が玉なしのさと」(魂棚の「たま」を掛けたものと見られるが、何を踏むか確かめられない)、「五六の蚊帳」、「四六のあま」「どぶつ」「二朱もん」(安い遊びの洒落と見られるが断じきれない)、「喰合ないとこ唐人と、横にかすつて」(「横」に横浜を掛けたものか)、「羽根沢」、「のろい腕の文身」(惚れた女の名を彫った入れ墨と見て訳した)、「しやうない節」、「いか坂」、囃子詞の「しよんなぐれ」。

「大和人形を大和屋が」の大和屋は役者の屋号と見られるが、誰を指すかは原典から確かめられない。「南無奇妙頂礼」は「南無帰命頂礼」のもじり。

原典の用字「むまい」(うまい)、「おつとろしい」、「始めて」はそのまま残した。