藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
長唄

大原女おはらめ

杵屋六左衛門 作  変化舞踊「奉掛色浮世図画」の一  別題「黒木売」「国入奴」

大原女 黒木を戴く道
黒木を戴く道

京の八瀬・大原から黒木(薪炭)を頭に載せて売り歩く女の姿を写す。前半は大原女の恋、後半は一転して国入りの奴の踊りとなる、二人の登場人物を一曲で描く変化物。

あらすじ

在所の暮らしを語りながら黒木を売り歩く大原女。八瀬の里育ちの恋心、夕化粧をして誰に見せようという艶、宵の口説きへの恨みつらみ。虫の音に思いを寄せて夜を明かす。後半は国入りの奴の毛槍振り。国境の松の下り枝を避けて腰をかがめ、月雪花の槍を見事に振ってみせる。東国訛りの掛け合いを交え、末は絵馬を奉る宝前と役者の名を寿いで結ぶ。

詞章と現代語訳

〔三下り・大原女〕

わしが在所ざいしよ風雅ふうがにいでて、むくつけにねまるべいと、かたらふならば、うれ甘露かんろももかきがぶらさがり

わたしの在所は風雅なところで、無骨に暮らしております——そう語れば、嬉しい甘露のような桃や柿がぶら下がっている。

九十九疋くじふくひき意地悪猿いぢわるざるにおったてられてもわらはれても、ねこんずれたが性根しやうねぢゃへ、黒木くろきはんせ黒木

九十九匹の意地悪な猿に追い立てられても笑われても、しつこく惚れこんだのがわたしの性分。黒木を買ってくださいな、黒木はいかが。

こひには八瀬やせ里育さとそだち、のきすだれゆかしさは、たまだれがみ取上とりあげて、たれせうとて夕化粧ゆふげしやう

恋にかけては八瀬の里育ち。軒の簾のゆかしさ——その玉だれから垂れ髪を取り上げて結い、誰に見せようとて夕化粧をするのだろう。

わしが容貌きりやうめもせで、姿すがたのよいの生際はえぎはが、よひ口舌くぜつ無理むりなひぞりごと

わたしの器量は誉めもせず、姿がよいの生え際がどうのと。宵の痴話喧嘩に、無理なひねくれ言ばかり。

わしほどすぐれた女子をなごをば、きらふおまへれぬ、嫌ふお前の気が知れぬ、機嫌きげんなほしてきみわれともにおちよものさと

わたしほど優れた女を嫌うあなたの気が知れない、嫌うあなたの気が知れない。機嫌をなおして、あなたとわたしと、ともに落ち着こうよ、わたしの里で。

〔虫の音〕

兎角とかくおもふようになア浮世うきよがならば、可愛かはい殿御とのごすゑまでも、いとります機織虫はたおりむしよ、たれ松虫まつむしこがれてすだく

とかく思うように浮世が運ぶものならば、いとしい殿御と野の果てまでも。糸も繰りますよ、機織虫が。誰を待つのか松虫が、焦がれて鳴きしきる。

つづれさせてふ馬追虫うまおひむしの、ながすがをなきあかす、永き夜すがをなき明す、草葉くさばにすだく鈴虫すずむしの、ふるやふるのの

「つづれさせ」と鳴く馬追虫が、長い夜どおし鳴き明かす、長い夜どおし鳴き明かす。草葉に鳴きしきる鈴虫が、振るや振るのの——鈴を振るように。

〔二上り・国入奴〕

やれおやれ剽軽男へうきんをとこの、またとないまたとない一代奴いちだいやつこ、ありゃんやありゃんや、こりゃんりゃこりゃんりゃ、なんでもせ

振れよ、お振りよ。おどけ者の、またとない、またとない一代の奴。ありゃんや、ありゃんや、こりゃんりゃ、こりゃんりゃ、何でもせ。

くに評判ひやうばん男山をとこやま

国もとで評判の男——その男山。

御国界おくにざかひまつの、さがえだあぶい危い

御国境の松の木の、垂れ下がった枝が危ない、危ない。

こしをかがめてお腰をかがめて

お腰をかがめて、お腰をかがめて。

ふれやれふれやれつきゆきや、はなやり見事みごとにさ

振れやれ、振れやれ。その月、雪や、花の毛槍を見事にさ。

ひらいてさ、見事みごとにひらいてふりもよし、ひかばなびかんまつ木越きごよ、るさ

開いてさ、見事に開いて振りもよい。引けば靡くだろう、松の木越しに。振るさ。

るさわかれ別れ、おさきそろへて殿とのはしょちいり

振るさ、別れ別れに。先を揃えて、殿はご入城。

〔掛け合い〕

だめなことばしはしゃるな

つまらぬことを言いなさるな。

あす関東くわんとうさへまかるべいちゃなやれサテナ、ぬしわかれちゃなア、伊勢路いせぢへあんちうちくだぶんぬきゃるさ、いけのどんがめならむぐるべいとはヤレサテ、まことだんべい実だんべい

明日は関東へでも下ろうというのに、やれさてな。あなたと別れてなあ。伊勢路へさっさと下って行きなさるとは。池のどん亀なら潜りもしようが——やれさて、本当だろうよ、本当だろうよ。(東国訛りの言い立て)

いけすか女郎衆ぢよろしゆ旅立たびだちさ、ぬしわかれちゃなア、伊勢路いせぢへあんちうちくだぶんぬきゃるさ、いけのどんがめならむんぐるべいとはヤレサテ、まことだんべい実だんべい

いけすかない女郎衆の旅立ちさ。あなたと別れてなあ。伊勢路へさっさと下って行きなさるとは。池のどん亀なら潜りもしようが——やれさて、本当だろうよ、本当だろうよ。

〔結び〕

かけたてまつ宝前はうぜんに、名筆めいひつ名画めいぐわとく目前もくぜんいままへ

神仏の宝前に掛け奉る絵馬。その名筆・名画の徳はまさに目の前に、今この目の前に。

ほか中村なかむらひと歌右衛門うたゑもん

ほかにはない、中村歌右衛門その人こそ。

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文(資料の題名は「黒木売」)により、繰り返し記号は読みやすく展開した。合方(〔合〕)の指示は省いている。

〔 〕で括った段の名は、読みやすさのために補ったもの。原典にはない。

変化舞踊「奉掛色浮世図画」の一。前半の大原女と後半の国入奴を一人で踊り分ける。

「大原女」は京の八瀬・大原から黒木(薪や炭)を頭に載せて京市中へ売りに来た女。独特の脚絆姿で知られる。

「機織虫」はキリギリス、「つづれさせ」はコオロギの鳴き声を写した言葉。秋の虫を並べて恋心をうたう。

後半の「国入奴」は大名行列の先頭で毛槍を振る奴。「月・雪・花」は毛槍の飾りの名。

「あんちうちくだぶんぬきゃる」などは東国訛りを写した言い立てで、意味よりも語調を楽しむ箇所。

結びの「中村歌右衛門」は初演した役者の名。当時の趣向で、役者の名を詞章に詠み込んでいる。

初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。