藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
長唄

外記猿げきざる

杵屋三郎助 述  別題「外記節猿」「猿」

外記猿 正月の猿回し
正月の猿回し

外記節から長唄に取り入れられた古風な曲。小猿を背負った猿廻しが門付けの芸を見せる。祝言性が強く、末は千秋万歳を寿いで結ぶ。

あらすじ

小猿を背負った気軽な猿廻しが旅を行く。今宵の泊まりを気にしながら歩いていると、屋敷から呼び止められ、所望に応じて猿の小舞を始める。長寿を祝う舞、お染久松の心中物語、月と船の景、五月雨の早乙女、神馬の手綱と続き、最後は山王権現の猿と獅子を並べて、天から宝の降る目出度さを寿いで終わる。

詞章と現代語訳

まかでたるそれがしは、ずんと気軽きがる風雅者ふうがものがな一日いちにち小猿こざるに、背負せおつづけてナ姿すがた如法によはふやなん投頭巾なげづきん

まかり出ました手前は、まことに気軽な風流者。一日じゅう小猿を背に負い続けて、その姿はいかにもそれらしい、投頭巾をかぶった猿廻しでございます。

さのとまりは何処どことまりぞ、奈波なには名越なごえ

今夜の宿はどこにしよう。難波か、それとも名越か。

むろとまりぞ、室が泊ぞ

いや、室津が泊まりだ、室津が泊まりだ。

とまりいそうしろより

宿を急ぐその後ろから。

小猿こざるまはせや猿廻さるまはしオオイオオイとまねかれて、立帰たちかへりたる半町はんちやうあまり、玄関げんくわんかまへしもんうち女中ぢよちゆう子供衆こどもしゆうとりどりに、所望しよまう所望のことばもとさる小舞こまひはじめけり

「小猿を廻せ、猿廻し」おおい、おおいと呼び招かれて、半町ばかり引き返す。立派な玄関構えの門の内では、女中や子どもたちが口々に「所望、所望」と言う。その声に応えて、猿の小舞を始めたのであった。

〔祝言の舞〕

ヤンラ目出度めでたや目出度やナ、きみよはひ長生殿ちやうせいでんの、不老門ふらうもん御前ごぜんれば、黄金こがねはなくやみだるる、咲くや乱るる

ヤンラ、めでたやめでたやな。君の齢は長生殿。不老門の御前を見れば、黄金の花が咲き乱れる、咲き乱れる。

旦那だんな御前ごぜんでお辞儀じぎをせ、ころりとせころりやころりや、やつころりと、子持こも寝姿ねすがたにかけや、さってもすゐ品物しなもの

旦那の御前でお辞儀をせよ。ころりとせよ、転がれ転がれ、やっころりと。子を抱いた寝姿もお目にかけよう。さても粋なやつだこと。

〔お染久松〕

これ浪花なには浮名うきなたかき、河原橋かはらばしとや油屋あぶらやの、一人娘ひとりむすめにおそめとて、とし二八にはちこひざかり、うち子飼こがひの久松ひさまつと、しのしのびに寝油ねあぶらを、親達おやたちゆめにも白絞しらしぼり、サア浮名うきなつは絵双紙ゑざうし

これは浪花に浮き名も高い、河原橋の油屋の一人娘、その名もお染。年は十六の恋ざかり。店の子飼いの久松と忍び忍びに逢瀬を重ね——油屋にちなむ寝油の縁で、親たちは夢にも知らぬ白絞りの油。さあ、その浮き名が絵草紙になって世に広まる。

まつ葉越はごしのつきれば、しばくもりてまたゆる、つきかたわれよひほどふねなかにはなにとおよるぞ、とま敷寝しきね楫枕かぢまくら、ひんだのをどりひとをどり

松の葉越しに月を見れば、しばらく曇ってはまた冴えわたる。月は片われ、まだ宵のうち。船の中ではどうやって夜を過ごすのか。苫を敷いて寝る楫枕。さあ、ひんだの踊りをひと踊り。

〔二上り〕

五月さつき五月雨さみだれ苗代水なはしろみづに、すそたもとらしてしょんぼりしょんぼりと、ゑい植ゑい早乙女さをとめ

五月、五月雨。苗代の水に裾も袂も濡らして、しょんぼりしょんぼりと。植えよ、植えよ、早乙女たち。

面白おもしろをどるが手元てもと辰巳たつみうまはる小馬こうまはなそろへてまゐりたり、参りたり

まことに面白い、その踊る手元。辰巳の方から午の方から、春の小馬が鼻を揃えてやって来た、やって来た。

さる烏帽子えぼしまゐらせて、猿に烏帽子を着せ参らせて、いさむ神馬しんめ手綱たづなをとらせう、手綱取らしよのんほのふいよへ

猿に烏帽子を着せて差し上げて、猿に烏帽子を着せて差し上げて。勇む神馬の手綱を取らせよう、手綱を取らせよう。(以下は囃し詞)

〔本調子〕

いちぬさぬさて、さる山王さんわうまさる目出めでたき、まさる目出たき

一の幣を立て、二の幣を立てる。猿は山王権現の使い——「さる」が「まさる」に通じてめでたい、まさるとはめでたい。

獅子ししまうすはすみずみすみずみ、住吉すみよし八幡はちまん普賢ふげん文殊もんじゆのめされたる、さる獅子しししゅしょのもの

獅子と申しますのは、すみずみ、すみずみ——住吉、八幡、普賢、文殊の菩薩がお召しになる乗り物。猿と獅子はいずれも神仏の御守護のもの。

アレ音楽おんがくこゑ諸法実相しよはふじつさうひびまうせば、よりいづみ奏上そうじやうして、てんよりたからくだる、なほ千秋せんしう万歳ばんぜいと、たはらかさねめんめんに、たのしうなるこそ目出度めでたけれ、楽しうなること目出度けれ

それ、音楽の声が「諸法実相」と響けば、地からは泉が湧き上がり、天からは宝が降り下る。なおも千秋よ万歳よと、俵を重ねてめいめいに、豊かになるのこそめでたい。豊かになるのこそめでたいことよ。

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文(資料の題名は「外記節猿」)により、繰り返し記号は読みやすく展開した。合方(〔合〕)の指示は省いている。

〔 〕で括った段の名は、読みやすさのために補ったもの。原典にはない。

「外記節」は江戸初期の古浄瑠璃の一派。その古風な曲節を長唄に取り入れたものを外記物という。

「猿廻し」は猿に芸を仕込んで門付けをする芸人。厩の守り神として武家にも招かれた。

「お染久松」は大坂の油屋の娘と丁稚の心中事件。「寝油」「白絞(白絞りの油)」と油屋の縁語で綴る。

「山王」は日吉山王権現。猿を神の使いとする。「猿」に「勝る」を掛けてめでたさをいう。

「諸法実相」は法華経の語。すべての存在がそのまま真実のあらわれであるという意。

作曲年・初演は原典に記載がない。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。