藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
長唄

可祝の柳かしゅくのやなぎ

堀野文禄 作  資料の題名「新曲 かしくの柳」

可祝の柳 曙の天女と輪柳
曙の天女と輪柳

春の朝を寿ぐ短い祝儀曲。天女の舞姿に三味線の糸を重ね、霓裳羽衣の曲、花と胡蝶の夢へと転じて、末は「めでたくかしく」と手紙の結びの言葉で締める。

あらすじ

春のあけぼの、千里も同じ天津風。雲居に舞う天女の姿をここに三つの糸に写す。霞のような細い眉、緑の黒髪、白妙の雪の肌がほんのりと染まる——誰が無理に勧めた酒であろうか。迦陵頻伽の声が清く、霓裳羽衣の曲に袖がひるがえり、かざす扇がひらひらと。花か胡蝶か、胡蝶か花か。夢か現かと見る人の、いつしか触れた輪柳が解けて、めでたく「かしく」と結ぶ。

詞章と現代語訳

〔本調子〕

青陽せいやうはるあした千里せんりおな

そもそも陽の兆す春の朝は、千里の彼方も同じこと。

天津風あまつかぜ

天を渡る風よ。

雲井くもゐへる乙女子をとめごの、姿すがたをここにつのいと

「天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ」——雲居に舞う天つ乙女のその姿を、ここに三味線の三筋の糸に写して。

くやかすみ細眉ほそまゆに、みどりかみ

霞を引いたような細い眉に、緑の黒髪よ。

白妙しろたへの、ゆきはだへ

白妙の、雪のような肌に。

ほんのりと、無理むりふたさけ起源きげん

ほんのりと差す紅は、誰が無理に勧めた酒のせいであろうか。

迦陵頻伽かりようびんがこゑきよ

極楽に住む迦陵頻伽のような声が清らかに響き。

霓裳羽衣げいしやうういきよくそでかざあふぎ

霓裳羽衣の曲に舞う袖、かざす扇の。

ひらひらと

ひらひらとひるがえるさま。

はな胡蝶こてふ胡蝶こてふはな

花か胡蝶か、胡蝶か花か。

ゆめうつつひとの、いつかれけむ輪柳わやなぎの、けてめでたくさふらふかしく

夢か現かと見る人の、いつしか触れたのであろう輪に結んだ柳。その結び目が解けて——めでたく、かしく。(女性の手紙の結びの言葉)

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文(資料の題名は「新曲 かしくの柳」)により、繰り返し記号は読みやすく展開した。合方(〔合〕)の指示は省いている。

「かしく」は女性が手紙の末尾に添える結びの言葉。曲名の「可祝」はその音に祝いの字を当てたもの。

「天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ」(僧正遍昭)を踏まえる。五節の舞姫を天女に見立てた歌。

「三つの糸」は三味線の三本の糸。天女の姿を音に写すという趣向。

「迦陵頻伽」は極楽浄土に住むという美声の鳥。

「霓裳羽衣の曲」は唐の玄宗皇帝が月宮殿で聞いたという伝説の楽曲。長唄「鶴亀」にも引かれる。

「花か胡蝶か」は荘子の胡蝶の夢による。

「輪柳」は柳の枝を輪に結んだもの。結び目が解けるのは吉兆とされ、末の「めでたくかしく」に繋がる。

作曲年・初演は原典に記載がない。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。