藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
清元

卯の花うのはな

清元  本名題『賑民寿万歳』  紫雲庵 直伝(原典の記載による) 作曲者・初演年不詳

卯の花 卯の花の兎
卯の花の兎

題の卯の花に起こし、江戸の一年をめぐって万歳で結ぶ、短い祝儀曲。本名題『賑民寿万歳』。卯の花の雪兎と初茄子、高値の初鰹、灌仏会の誕生仏のもじり、佃節の屋根船と河岸・仲町の色里、「てっぺんかけたか」と鳴く時鳥の初夏から、雨が晴れて千草の露と月の隅田川の秋へ。荒れた枯野の向島と冬籠もり、節季候の年の暮れを経て、一夜明ければ長閑な新春、鶯の初音に才若が千代の小鼓を取って万々歳と祝う。江戸の季節の風物を早い運びで詠み継ぐ、明るく品のよい一曲。

あらすじ

卯の花を雪に見立てて兎を作るなら、目には花が落ちたばかりの小さな初茄子がちょうどよい。高値でもまけてもらえぬ初鰹は、お釈迦さまの誕生仏が天と地を指さすように、天にも地にもただ一本。一杯飲んだ酒機嫌で、跡舟を待って日和下駄、来るか来るかと河岸へ出れば、佃節の聞こえる屋根船。桟橋に上がり、ぜひ逢いたいと文を書き、仲町の空を時鳥が「てっぺんかけたか」と鳴いてゆく。時鳥の季も過ぎ、雨が晴れて千草の花に露がしげり、秋の夜の月は隅田川に澄む。都鳥に言問う向島の枯野、庵崎の琴の音も遠のく冬籠もり。節季候の「さっさとござれ」の声とともに年は暮れ、一夜明ければのどかな春の朝ぼらけ。梅に鳴く鶯に初音を譲って、才若が千代の小鼓を手に取り、万々歳と祝う寿は久しい。

詞章と現代語訳

はなゆきうさぎつくるなら〔合〕にはほどよき花落はなおちの〔合〕茄子なすびはしりになみえて

卯の花の雪で兎を作るなら、目にはちょうどよい、花落ちの茄子の走り。波を越えて——

高値たかねはまけぬ〔合〕初松魚はつがつを釈迦しやか誕生たんじやうゆびさせど、てんにもにおたゞ壹本いつぽん一杯いつぱいんださか機嫌きげん

高値でもまけぬ初鰹。お釈迦さまの誕生仏は天と地を指さすけれど、天にも地にもただ一本——一杯飲んだ酒機嫌。

まだ跡舟あとぶね日和下駄ひよりげたるかるかと川岸かしればノンシ、ふね家根船やねぶね佃節つくだぶし

まだ跡舟か、日和下駄で、来るか来るかと河岸へ出て見れば、のんし、船は屋根船、佃節。

オツトあぶねへ長箱ながばこのさきへ〔合〕二上にあが桟橋さんばしや、是非ぜひ御見ごけんふみは、ふで鞘町さやちやう西川岸にしがしか、うまい仲町なかちやう中空なかぞらに、

おっと危ねえ、長箱の先へ——二上りの桟橋に上がって。ぜひお目にかかりたいと書く文は、筆の鞘——鞘町か西河岸か。うまい仲——仲町の中空に、

てつぺんかけたとないく、時鳥ほとゝぎすぎてあめれて、千種ちぐさはなつゆしげみ、なほひかりあき

「てっぺんかけたか」と鳴いてゆく時鳥。その季も過ぎて雨も晴れ、千草の花の露しげく、なお光を添える秋の夜の——

つきかげさへ隅田川すみだがは、いざ言問ことゝはん都鳥みやこどり、あれの枯野かれの向島むかうじま庵崎いほざきことごろとほ冬籠ふゆごもり

月の光さえ澄む隅田川。いざ言問わん都鳥。荒れた枯野と向島、誰の庵か庵崎の、琴の音もこのごろは遠い冬籠もり。

ふりの日脚ひあし節季候せきぞろの〔合〕さつさと御座ござとしくれ

日脚も短くなって、節季候の「さっさとござれ」の声に、年の暮れ。

一夜ひとよあければおのづから、長閑のどかけきはるあさぼらけ、うめうぐひすに、初音はつねゆづりて才若さいわかが、千代ちよ小鼓こつゞみおつとりて、まんまんざいいは寿ことぶきひさしけれ

一夜明ければおのずから、のどかな春の朝ぼらけ。梅に来て鳴く鶯に初音を譲って、才若が千代の小鼓を手に取り、万々歳と祝う寿、久しけれ。

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第三編 清元集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。繰り返し記号は直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。原典の二行目と三行目は長いので、読みやすさを考えて読点の切れ目で段に分けた。字句は改めていない。

本名題は『賑民寿万歳』(にぎわうたみことぶきまんざい)。原典に「紫雲庵直伝」とある。作曲者・初演年は不詳。

「釈迦の誕生指させど、天にも地にお只壹本」は、灌仏会の誕生仏が天と地を指さす「天上天下唯我独尊」をもじり、高値の初鰹が一本しかないことに掛けたものと見て訳した。「来るか来るかと川岸へ出て見れば」は佃節の文句による。鞘町・西川岸(西河岸)・仲町・向島・庵崎は江戸の地名。節季候は、年の暮れに家々を回った門付け。

語義を定めがたい語、切り方を断じきれない箇所は原典のまま残した。「目には程よき花落の茄子」(雪兎の目に初茄子を、と見て訳した)、「浪越えて」、「ノンシ」、「長箱」、「二上り桟橋」(三味線の二上りと、桟橋に上がるを掛けたものか)、「あれの枯野」(荒れ野と見た)、「ふりの日脚」、「才若」(万歳の才蔵のことか)。

原典の用字「壹本」「家根船」はそのまま残した。