千鳥玉川ちどりのたまがわ
清元 作詞者・作曲者・初演年不詳

六玉川のひとつ、陸奥の千鳥の玉川(野田の玉川)を題にした、恋の物狂いの一曲。能因法師の「夕されば汐風越してみちのくの野田の玉川千鳥鳴くなり」を起こしに取り、信夫の文字摺、求女塚、錦木、末の松山、宮城野と陸奥の歌枕を連ねて、恋に乱れる千鳥の物狂いを描く。後半は糸車と形見の袱紗から、お千代半兵衛・梅川忠兵衛・お染久松・小春治兵衛・三勝半七と、浄瑠璃の心中物の男女を次々に詠み込み、求塚のちぬ男・笹田男の恋争いに戻って、千鳥が乱れ飛んでしばし休らうところで結ぶ。心中物の男女の名を連ねるので、席によっては扱いに心を配りたい。
あらすじ
夕暮れ、潮風が越えてくる陸奥の野も山も色づく。恋に時雨れる玉川の逢瀬、信夫の文字摺りのように乱れる心。一夜の契りを慕っても及ばぬ願いは、求女塚や錦木の故事のように届かず朽ち果て、これぞ千鳥の物狂い。恋はすまい、迷うまいと思っても、荒磯の波枕、苫を敷いた楫枕の旅寝に、逢うのは厭、思うのはかなわぬ浮世が恨めしい。尾花に招かれ、奥の細道の雲また雲、末の松山の誓いに引きかえて、宮城野の女夫坂、賤の伏屋の糸車のように思いは巡る。花見の戻りに落とした形見の袱紗も今は忘れ草。薄い情けとは違う厚い心の例として、お千代半兵衛、梅川忠兵衛、お染久松、小春治兵衛、三勝半七と心中物の恋人たちを並べ、求塚の恋争いの水鳥に戻って、千鳥は千々に乱れ飛び、しばし休らう。
詞章と現代語訳
夕されば、汐風こして陸奥の〔合〕野さへ山さへ〔合〕色付て〔合〕恋に時雨の名所も合い遇玉川の逢瀬さへ、忍ぶ文字摺誰故に、乱れ心の狂ふらん
夕方になれば潮風が越えてくる陸奥の、野も山も色づいて——恋に時雨れる名所も、「合い遇」う玉川の逢瀬さえ。信夫の文字摺りのように、誰ゆえに乱れる心が狂うのだろう。
しどけなりよし〔合〕振もよく、ふり担げたる笹の葉の、ひと夜の契ゆかしやと、及ばぬねがひ求女塚、かの水鳥のかけ言葉、それも届かで朽果し、その錦木の数ならで、是ぞ千鳥の物狂ひ
しどけなく、「よし」振りもよく、振りかついだ笹の葉の——一夜の契りが慕わしいと、及ばぬ願いの求女塚。あの水鳥に掛けた言葉も、届かずに朽ち果てた。錦木の数にも入らぬ身で、これぞ千鳥の物狂い。
アヽ恋せまい迷ふまい
ああ、恋はすまい、迷うまい。
かはす枕は荒磯に、船打寄する浪枕、苫を敷寐の梶枕、それさへあるに如何なれば、逢は厭なり思ふはならで、ほんに浮世の恨めしや、
交わす枕は荒磯に、船の打ち寄せる波枕、苫を敷いて寝る楫枕。それさえあるのに、どうしたことか、逢うのは厭で、思うのはかなわず——ほんに浮世は恨めしい。
風に尾花の招かれて、心も奥の道柴は、雲又雲の果しなや、狂ひ行方も松山浪越さじとは、よくよくな深い縁に引換えて、
風になびく尾花に招かれて、心も奥へ——陸奥の道芝は、雲また雲の果てしなさ。狂い行く先も末の松山、「波越さじ」と誓ったのは、よくよく深い縁だったのに、それに引きかえて。
あれ宮城野の女夫坂、賎が伏屋に糸くり綿くり、くるりくるりくるりくるり、くるりくるりくるりくるりと、廻り車の我ながら、
あれ、宮城野の女夫坂。賤の伏屋で糸を繰り、綿を繰る——くるりくるりと回る糸車のような、わが身ながら。
見れば見かはす振の袖、袂ひかれて花見の戻り、惜しや形見の服沙もの落した、あたら物を中ちつくり、茶巾程紅染めにくゝつて端々に、白梅白浪白鷺を、縫せて今は由なや忘れ草
見れば見交わす振袖の袖、袂を引かれて花見の戻り。惜しいことに、形見の袱紗を落とした。もったいない物を——「中ちつくり」——茶巾絞りほどに紅に染めくくって、端々に白梅・白波・白鷺を縫わせたのに、いまはよしない忘れ草。
夫は情の薄煙、厚い心を言うなら、譬はゞ新き新靭、八百や万の神かけし、お千代半兵衛が私語
それは情けの薄い煙。厚い心を言うのなら、たとえば新しい新靭の八百屋——八百万の神にかけて誓った、お千代・半兵衛の睦言。
此の世ばかりか冥土の飛脚
この世ばかりか、冥土の飛脚。
色故名さへ梅川が、散ると覚悟の中兵衛を、思ひお染と久松は、忍び忍びの寐油を
色ゆえに名さえ梅川が、散る覚悟の忠兵衛(原典は「中兵衛」)を思い——思い初めたお染と久松は、忍び忍びの「寐油」を。
南無網島に浮名たつ、小春治兵衛が物思ひ、二世よりさきへ三勝が、半座をわけて半七と、はすのお花が恋中は、うれしん中ぢやないかいな
南無網島に浮名の立った、小春・治兵衛の物思い。二世よりも先へと、三勝が蓮の半座を分けて半七と——蓮のお花の恋仲は、うれしい心中ではないかいな。
水の出端のちぬ笹田、恋あらそひの水鳥も、いとゝ可愛の浪風に、さらさらちゞに千鳥の思ひ羽に、狂ひ乱れて行く空の、彼所にしばし休ひぬ
水の出端に、ちぬ男と笹田男が恋を争った水鳥も、いとど可愛い波風に——さらさらと千々に乱れる千鳥の思い羽。狂い乱れて行く空の、かなたにしばし休らった。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第三編 清元集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。繰り返し記号は直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。
原典の四行目は長いので、読みやすさのため読点の切れ目で四つの段に分けた(字句は同じ)。「くるり/\くるり/\、くるり/\/\/\と」は「くるり」を繰り返して「くるりくるりくるりくるり、くるりくるりくるりくるりと」とした。
六玉川は、歌枕の六つの玉川(井手・野路・調布・野田・高野・三島)。この曲は陸奥の野田の玉川で、能因法師の「夕されば汐風越してみちのくの野田の玉川千鳥鳴くなり」(新古今集)による。清元には同じ六玉川の「調布玉川」もある。
陸奥の歌枕を連ねる。「忍ぶ文字摺誰故に乱れ」は「陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに」(河原左大臣)、「松山浪越さじ」は「契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは」(清原元輔)による。「錦木」は、男が思う女の家の門に錦木を立て、受け入れられれば取り入れられたという陸奥の風習。「求女塚」「ちぬ笹田」「水鳥」は、摂津の菟原処女を血沼壮士と小竹田壮士が争い、生田川の水鳥を射当てた方に、とされた求塚の故事による。
後半は浄瑠璃・歌舞伎の心中物の男女を詠み込む。お千代半兵衛(『心中宵庚申』、半兵衛は新靭の八百屋で「八百や万の神」に掛ける)、「冥土の飛脚」の梅川忠兵衛、お染久松(油屋の娘で「寐油」に掛けたか)、小春治兵衛(『心中天網島』で「南無網島」)、三勝半七(「半座をわけて」は蓮の台の半座を分ける一蓮托生の意)。「うれしん中」は「嬉し」に心中を掛ける。
原典の用字「中兵衛」(忠兵衛の意と見た)、「言うなら」「引換えて」「いとゝ」「休ひぬ」はそのまま残した。
語義や切り方を定めがたい箇所は原典のまま残した。「名所も合い遇玉川」の「合い遇」(合方の記号〔合〕の括弧が落ちたものか、「合ひ遇ふ」の意か、断じきれない)、「しどけなりよし」、「中ちつくり」、「寐油」、「はすのお花」(蓮の花に女の名のお花を掛けたかと見えるが、誰を指すか断じきれない)。
流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。