勢いいきおい
本名題「菊寿の草摺」

草摺引物のうち、朝比奈のかわりに遊女・化粧坂の少将が曽我五郎を引きとめる趣向。荒事の力比べを、恋の口説きに置き換えた変わり種。
あらすじ
勢いは日本一と評判の曽我五郎時致が、逆沢潟の鎧をまとって駆け出そうとする。その裳裾にすがるのは鬼のような朝比奈ではなく、鶴の丸の素袍をまとった優しい姿の女。黒髪に引かれて止まる心ならばと五郎は突き放し、「廓の洒落とは違うぞ」と叫ぶ。女は起請誓紙は嘘かと恨み、そちらを向いていても顔を見ずにはいられぬと口説く。か弱い少将の力に朝比奈ほどの素袍の袖が添って、互いに劣らぬそのさまに、貴賤上下みな感じ入る。
詞章と現代語訳
勢ひ和朝に名も高き、曽我の五郎時致が、逆沢潟の鎧てふ、裳裾にすがる鶴の丸、素袍の袖をかき撫でかき撫で
その勢いは我が国に名も高い曽我五郎時致。逆沢潟威しの鎧という、その裳裾にすがりつくのは鶴の丸を染めた素袍。その袖をかき撫で、かき撫でて。
とめるは鬼か小林の朝比奈ならぬ優姿、女の撚れる黒髪に、ひかれて止まる心なら
引きとめるのは鬼のような小林朝比奈——ではなく、優しい姿の女。その撚れる黒髪に引かれて止まるような心であるならば。
やらじと引けば時致は、日頃の本望父の仇、妨なすなと突飛ばし、廓の洒落とは違ふぞよ、放せ、とめた
行かせまいと引きとめれば、時致は「かねてよりの本望、父の仇を討つのだ。邪魔をするな」と突き飛ばす。「廓の洒落事とは違うのだぞ。放せ」——「とめた」。
とめてよいのは朝の雪、雨の降るのに往かうとは、そりゃ野暮ぢゃぞへ待たしゃんせ
引きとめてよいのは朝の雪のとき——雨の降るなかを行こうというのは、それは野暮というものですよ。お待ちなさいな。
起請誓紙は嘘かいな、嘘にも洒落にも誠にも、他所に色ます花眺、そしてだましてそれそれそれ其の顔で恐いこと言うて腹立てさんす
起請文も誓紙も嘘なのですか。嘘にも洒落にも真実にも——よそで色を増す花を眺めるように。そしてだまして、それそれそれ、その顔で恐いことを言って腹をお立てになる。
そちら向かひに居さんしても、顔見にゃならぬ末を頼みの通ふ神
そちらを向いていらしても、顔を見ずにはいられない。行く末を頼みにして通う——その願いが通う神様よ。
かよはき少将朝比奈が力は素袍の袖添へて、互に劣らぬ有様は、貴賎上下おしなべて、感ぜぬものこそなかりける
か弱い少将に、朝比奈ほどの力が素袍の袖とともに添って、互いに劣らぬそのさまは、貴賤上下おしなべて感じ入らぬ者はなかったのであった。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。合方(〔合〕)の指示は省いている。
〔 〕で括った段の名は、読みやすさのために補ったもの。原典にはない。
本名題「菊寿の草摺」。草摺引物の一種だが、引きとめるのが朝比奈ではなく五郎の恋人・化粧坂の少将である点が特色。
同じ草摺引物の [[草ずり曳]] と読み比べると、荒事と和事の違いがよく分かる。
「逆沢潟」は鎧の縅の模様。沢潟を逆さに配したもので、曽我五郎の鎧としてよく描かれる。
「鶴の丸」は少将の素袍の紋。「素袍」は本来武家の礼服だが、ここでは草摺引の型に合わせた扮装。
原典は「五郎時宗」と表記するが、一般には「時致」と書く。ここでは通行の表記を採った。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。