冬牡丹ふゆぼたん
荻江節 本名題「末広冬牡丹」(すゑひろふゆぼたん) 作詞者・作曲者・初演年不詳

冬木立のなかで色を変えない松に千歳を寿ぎ、恋の口説きをはさんで、天下泰平・国土安穏を祈り、末広の舞に納める祝言の一曲。他の曲と異なり『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。原典の題名は「すゑひろ冬ぼたん」。
あらすじ
冬木立のなか、とりわけ梢の色を変えない松は千歳のしるし。衣紋を繕う姿、袖振り合うも他生の縁と結びの神に祈るのも、みな恋のゆえ。よぎって吹けと願う風にさえあの人の匂いがほしい。六つの花——雪のように積もった思いを我が夫に知らせたいけれど、人目の関がつらい。琴も鳴り、胡弓三味線を打ち囃す。その舞にはお家の武士も腰を抜かすほどの恋盛り。月雪花のような娘を口説けば思いはいや増す。夫のためにと天神様へ願をかけ、好きな梅を絶つと決めたその難儀。どうしようかいな、可愛がってくださいな、うちの人。万代までも天下泰平、国土安穏、この所久しかれと祝い、舞い納めた末広の——開くや花の冬牡丹。
詞章と現代語訳
冬木立、わきて梢も色変へぬ松は千歳と、ゆや御前
冬木立のなか、とりわけ梢の色を変えない松は千歳のしるし——と、ゆや御前。
衣紋繕ふ姿かも、縫ふてふ袖の振り合はせ、他生の縁をむすぶの神様と祈るも君の恋風、花のあたりをゑ
衣紋を繕うその姿であろうか。縫うという袖の、その振り合わせも他生の縁——結びの神様にと祈るのも、あなたゆえの恋風。花のあたりを、ええ。
よぎて吹けかし風だにも、匂ひほしさよ、六つの花つもりし思ひを我が夫にしらせたいとは思へども、人目の関のつらかりし
せめてあの人のもとをよぎって吹いてくれ、風よ。その風にさえ、あの人の匂いがほしいことよ。六つの花——雪のように積もったこの思いを我が夫に知らせたいとは思うけれど、人目の関がつらいのだ。
おらがおむすを褒むるぢやないが
身内のものを褒めるわけではないけれど。
琴も鳴りそろ、胡弓三味線打ち囃し
琴も鳴っております。胡弓に三味線を打ち囃し。
舞はお家の武士も腰をぬかすは恋盛り、しなもの目にまよふて、われらもちつくり心が有明の、月雪花の娘、くどくはいやましの思ひ草
その舞ときたら、お家の武士も腰を抜かすほどの恋盛り。しなやかな姿に目を迷わせて、われらもちょっぴり心があり——有明の月、その月雪花のような娘を口説けば、思いはいや増すばかりの思い草よ。
夫のためにとて天神様へ願かけて
夫のためにと天神様へ願をかけて。
梅を絶ちます迷惑、さあ哀れ一代絶ちます迷惑、梅を梅を絶ちます迷惑、さあ哀れ一代、などしやうか、どしよかいな、かわゆがらんせこちの人
願かけのために梅を絶ちます、この難儀。さあ、なんと哀れな、一生絶ちます、この難儀。梅を、梅を絶ちます難儀よ。さあ哀れ、一生——どうしようか、どうしようかいな。可愛がってくださいな、うちの人。
万代までも天下泰平国土安穏、この所久しかれとぞ祝ひ祝ひ
万代までも天下は泰平、国土は安穏、この所こそ久しくあれと、こぞって祝い、祝い。
舞納めたる末広の、末広の
舞い納めた末広の、その末広の——。
開くや花の冬牡丹
開くのは花の冬牡丹。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、繰り返し記号は読みやすく展開した。原典は目次の題名を「末広冬牡丹(冬牡丹)」、本文の題名を「すゑひろ冬ぼたん」とする。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた箇所が多い。
「袖振り合ふも他生の縁」の諺を踏まえる。「結びの神」は縁結びの神。
「六つの花」は雪の異名。雪の結晶が六弁であることによる。
「心があり」から「有明の月」へ掛かる。「思ひ草」は思いを募らせるものの意。
天神様は菅原道真を祀る神。好物であった梅にちなみ、願かけに梅を絶つという趣向。
「末広」は扇の異称で、末広がりの繁栄を寿ぐ祝言のことば。冬に咲かせる冬牡丹と重ねて結ぶ。
「ゆや御前」「おむす」は原典のままとした。いずれも語義が定かでない。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。