元禄花見踊げんろくはなみおどり
竹柴瓢助 作詞 三世杵屋正次郎 作曲 明治十一年(一八七八) 新富座 本名題「元禄風花見踊」

明治十一年、新富座の開場を飾って作られた曲。元禄の昔を懐かしむ趣向で、上野の花盛りに集う男女の伊達な装いと浮かれた踊りを次々に写す。今日も花見の景物として広く演奏される。
あらすじ
元禄風の花見小袖に身を包んだ男女が、上野の花の下に集う。斧琴菊の判じ物、鹿の子の小袖幕、真紅の紐で桜をつなぐ趣向と、当時の華やかな風俗が次々に描かれる。後半は熊谷笠に瓢箪、蝙蝠羽織の伊達男たちが酔って踊り、終わりは東叡山の花盛り、清水の新舞台の賑わいを寿いで結ぶ。
詞章と現代語訳
吾妻路を
東国への道を——。
都の春に志賀山の、花見小袖の縫箔も
都の春を思わせる志賀山流の踊り。その花見小袖の縫箔もまた。
派手をかまはぬ伊達染や、斧琴菊の判じ物、思ひ思ひの出立ばへ
派手を厭わぬ伊達染や、斧と琴と菊で「よきこと聞く」と読ませる判じ物の模様。めいめい思い思いの出で立ちが映えること。
連れて着つれて行くぞとも
連れ立って、揃いの装いで行こうというので。
たんだふれふれ六尺袖の、しかも鹿の子の
ただもう振れよ振れよと、六尺もある長い袖を。しかもそれが鹿の子絞りの。
岡崎女郎衆
岡崎女郎衆——その唄にのせて。
裾に八ツ橋染めても見たが、ヤンレホンボニさうかいな
裾に八ツ橋の模様を染めてもみたけれど。ヤンレ、ほんにそうかいな。
そさま紫色も濃い、ヤンレそんれはさうじやいな
あなたは紫、その色も濃い。ヤンレ、それはそうじゃいな。
手先揃へてざざんざの、音は浜松よんやさ
手先を揃えて、ざざんざと。その音は浜松の松風、よんやさ。
花と月とは、どれが都の詠やら
花と月と、どちらが都の眺めにふさわしいのやら。
被衣眉深に北嵯峨御室、二条通りの百足屋が、辛気こらした真紅の紐を、袖へ通して
被衣を目深にかぶって、北嵯峨、御室へ。二条通の百足屋が丹精を凝らした真紅の紐を、袖へ通して。
つなげや桜
さあ、桜の枝につなげよ。
ひんだ鹿の子の小袖幕、目にも綾なる
ぱっと張った鹿の子絞りの小袖幕。目にもあやなその美しさ。
小袖の主の、顔を見たなら
その小袖の持ち主の顔を見たなら。
猶よかろ、ヤンレそれはへ
きっともっとよかろうよ。ヤンレ、それはさ。
花見するとて
花見をするというので。
熊ケ谷笠よ
熊谷笠をかぶって。
呑むも熊谷、武蔵野でござれ
飲むのも熊谷、さあ武蔵野で一献。
月には兎和田酒盛の
月には兎、和田の酒盛りの。
黒い盃闇でも嬉し
黒塗りの盃なら、闇の中でも嬉しいこと。
腰に瓢箪
腰には瓢箪をぶら下げて。
毛巾着、酔ふて踊るが
毛の巾着。酔って踊るのが。
よいよいよいやさ
よいよい、よいやさ。
武蔵名物月のよい晩は
武蔵の名物、月のよい晩は。
おかた鉢巻蝙蝠羽織
斜に構えた鉢巻に、蝙蝠羽織。
無反角鍔角内つれて、ここは手細に伏編笠で、踊れや踊れ
反りのない刀に角鍔、角内風の連中を引き連れて。ここは手細に、伏せた編笠で。踊れや踊れ。
布搗く杵も、小町踊の
布を搗く杵の音も、小町踊の。
伊達道具よいよいよいよいよいやさ、面白や
伊達道具のあれこれ。よいよい、よいよい、よいやさ。ああ面白い。
入り来る入り来る桜時、永当東叡人の山、弥が上野の花盛り、皆清水の新舞台、賑はしかりける次第なり
入り来る、入り来る桜時。末永く栄えよ東叡山、人の山。いやが上にも盛り上がる上野の花盛り。みな清水の観音堂の、その新しい舞台のように——賑わったことであった。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。合方(〔合〕)の指示は省いている。
本名題は「元禄風花見踊」。明治になって元禄期の風俗を懐古する趣向で作られた。
「斧琴菊」は斧(よき)・琴(こと)・菊(きく)を並べて「良き事聞く」と読ませる判じ絵の意匠。元禄期に流行した。
「岡崎女郎衆」は当時の流行歌。「ヤンレ」「よんやさ」「よいよいよいやさ」はいずれも囃し詞。
「小袖幕」は花見の場で小袖を紐や竿に掛けわたして幕の代わりとしたもの。元禄花見の名物。
「熊谷笠」は熊谷直実にちなむ形の笠。「熊谷」と酒の「呑む」を掛ける。
「東叡山」は上野の寛永寺。その境内の清水観音堂の舞台を、劇場の新舞台に掛けて結ぶ。
作詞者・作曲者・初演年には資料により異同がある。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。