傀儡師かいらいし
杵屋三郎助 補 別題「外記節傀儡師」

外記節から長唄に取り入れられた古風な曲。首から掛けた箱に人形を入れて諸国を巡る傀儡師が、屋敷の窓から呼びとめられて人形を舞わせる。
あらすじ
西の海の蛭子の神にちなむ人形使いが、国々を巡って芸を磨く。連れとはぐれ、春雨のなかを頭巾をかぶって通りかかると、塀の窓の内から女中の声で「ひと差し舞わせよ」と望まれる。声が悪いからと箱鼓で拍子をとり、人形を数多く取り出して唄いはじめる。薄の穂に寄せた独り寝の恋、女房と三人の子を自慢する田舎の亭主、吉野の花見、桜曇りの一日と唄い継ぎ、末は呉羽綾羽の貢物になぞらえて治まる御代を寿ぎ、人形を箱におさめて去る。
詞章と現代語訳
浮世の業や西の海、汐の蛭子の里広く、国々修業の傀儡師、連に離れて雪の下、椿にならふ青柳の、雫もかるき春雨に、かくやをかぶり通るにぞ
世渡りの生業として、西の海に流された蛭子の神をまつる里は広い。その神にちなむ人形使いは、国々を巡って芸を磨く。連れとはぐれて雪の下、椿と並び立つ青柳の雫も軽い春雨のなかを、頭巾をかぶって通りかかると。
塀搆へなる窓の内、呼かけられて床しくも、立止れば麗しき、女中の声にて傀儡師、一替舞わせと望まれし、詞の下より取敢ず、声悪しければ箱鼓、拍子とりどり人形を数多出してそれそれと、唄ひけるこそ可笑けれ
塀に構えた窓の内から呼びかけられ、なんとなく心ひかれて立ち止まると、美しい女中の声で「傀儡師、ひと差し舞わせてごらん」と望まれた。言われるやいなや、声が悪いからと箱鼓を打ち、拍子をとりどりに、人形をたくさん取り出して「それそれ」と唄いはじめたのが、なんとも可笑しい。
小倉の野辺の一本薄は、いつか穂に出て尾花と成らば、露がねたまん恋草の、積り積りて足曳の、山猫の尾のながながと、一人かも寐ん淋しさに
小倉の野辺の一本薄も、いつか穂に出て尾花となれば、露が妬むほどの恋草。その思いが積もりに積もって、山猫の尾のように長々と、ひとり寝の淋しさに。
夕べ迎へし花嫁様は、鎌もよく切り千草も靡く、心よさそなかみさまじや、おらが女房を誉むるぢやないが、物もよく縫ひ機も織り候、綾や錦や金爛緞子折々事のむつ言に、三人持ちし子宝の、総領息子は大様にて、父の前でも懐手、物を言ふても返事せず、二番息子は背高く、三番息子は徒にて、わるさ盛りの六つ七つ、中でいとしき血のあまり、肩に打乗つて都の名所、廻れ廻れ風車、張子鞨鼓や振太鼓、手に持ち遊べさ
昨夜迎えた花嫁さまは、鎌もよく切れ、千草もなびくような、気立てのよさそうなおかみさんだ。自分の女房を褒めるわけではないが、縫い物も上手で機も織る。綾や錦や金襴緞子と、折々の睦言に——授かった三人の子宝のうち、総領息子は鷹揚で、父の前でも懐手、話しかけても返事もしない。二番目の息子は背が高く、三番目はいたずら盛りの六つ七つ。なかでも可愛い末の子を肩に乗せて、都の名所を回れ回れ風車、張子の鞨鼓や振太鼓を手に持って遊べよ。
花が見たくば吉野へござれ、今はよし野の花盛り、よいさよいさ、花盛り花笠きつれしやなしやなと
花が見たければ吉野へおいでなさい。今は吉野の花盛り。よいさよいさ、花盛りの花笠を着連ねて、しゃなしゃなと。
此はしたは吸筒を、袂に巻きてから玉や、つい明らけき天津空、桜曇りに今日の日も今日の日も
この端女は吸筒を袂に巻きつけて、からたまや、と囃す。空はすっかり明るく晴れわたり、桜曇りのうちに今日の一日も、今日の一日も暮れていく。
呉羽綾羽のとりどりに、呉羽綾羽の御貢物、納まる御代こそ目出度けれ箱の内にぞおさめける
呉羽・綾羽の織り出すとりどりの綾錦、その御貢ぎ物が納まるように、よく治まる御代こそめでたい——と唄い納めて、人形を箱の内へおさめたのであった。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。合方(〔合〕)の指示は省いている。
〔 〕で括った調子の名は原典のまま。
「傀儡師」は首から掛けた箱に人形を入れ、その上で人形を舞わせて門付けをする芸人。中世以来の古い芸能で、江戸では正月の門付けとして親しまれた。
「西の海、汐の蛭子」は、葦船に乗せて流されたという蛭子(恵比須)の神の伝えによる。傀儡師は西宮の恵比須神社に属する人形使いを起源とするといわれ、その由緒を唄い出しに置いている。
「雪の下」は鎌倉の地名。「椿にならふ青柳」は椿と並び立つ青柳のこと。
「一替(ひとかへ)」は、人形をひと差し舞わせること。「箱鼓」は首に掛けた人形箱を鼓のかわりに打って拍子をとるもの。
「呉羽・綾羽」は、応神朝に渡来して機織を伝えたという二人の織姫。織物の縁で貢物を導き、御代の治まるめでたさで結ぶ。
作曲年・初演は原典に記載がない。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。