藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
長唄

俄獅子にわかじし

四世杵屋六三郎 述

俄獅子 吉原の獅子舞
吉原の獅子舞

吉原の「俄」——遊里で行われた素人芝居の余興——に出る獅子舞を題材とする。石橋物の勇壮さと廓の情緒を掛け合わせた、変わり種の獅子物。

あらすじ

仲の町の花に見まがう賑わい。禿たちが蝶となり、俄の浮かれ獅子が舞い出る。中ほどは客と遊女の口説き——待たされる恨み、無理酒、痴話喧嘩と仲直り。後半は裏茶屋に忍ぶ恋の深みを嘆きつつ、末は獅子に添うて戯れ遊ぶ廓の景色を望み、団乱旋の舞楽になぞらえて全盛を寿ぎ、獅子頭で結ぶ。

詞章と現代語訳

〔二上り・鼓歌〕

はな五町ごちやうおどろかぬひともなし、なれもまよふやさまざまに

花かと見まがう吉原五町の賑わいに、驚かぬ人はない。そなたもまた、さまざまに迷うことよ。

四季しき折々をりをりたはむれは、紋日もんび物日ものびのかけ言葉ことば

四季折々の遊びごとは、紋日・物日にかこつけた言葉のやりとり。

てふ胡蝶こてふ禿かむろにはかうか獅子じし

蝶よ胡蝶よと舞う禿たち。そして俄に繰り出す浮かれ獅子。

かへればはな屋台やたいえつかくれつ色々いろいろの、姿すがたやさしきなかちよう

振り返れば、花で飾った屋台に見えつ隠れつ、さまざまの姿がやさしい仲の町。

心尽こころづくしのナ玉章たまづさも、いつかわたさんそでうちこころひとつにおもぐさ、よしやなか

心を尽くしたその手紙も、いつか渡そうと袖の内に。心ひとつに思い悩む——ままよ、世の中とはこうしたもの。

くるみだるる女獅子めじし男獅子をじし彼方あちらへひらり此方こちらへひらりひらひら

狂い乱れる女獅子と男獅子が、あちらへひらり、こちらへひらりひらひらと。

しのぶのみね襲夜具かさねやぐまくら岩間いはまたきの、さけみだれてあしもたまらず

忍ぶ山の峰かと見える重ね夜具。枕は岩間、滝つ瀬のように——酒に乱れて足もとも定まらない。

他處よそ白波しらなみ

よそ目にも知られてしまう——その「知ら」から白波よ。

〔キヤリ〕

ヤアあき最中もなかつきたけむらけてふのが間夫まぶきやくヨイヨイ

やあ、秋の最中の月は竹叢に。夜が更けてから逢うのが間夫の客というもの。よいよい。

〔クドキ〕

辻占つじうらみごと繰返くりかへし、何故なぜこのやうわすられぬ、はづかしいほど愚痴ぐちになる

辻占を何度も繰り返し引いてみる。どうしてこんなに忘れられないのだろう。恥ずかしいほど愚痴っぽくなってしまう。

というちゃア無理酒むりざけに、なんでも此方こちら待人まちびとこひのナこひ山屋やまや豆腐とうふかすがひ、しまりのいのでぬらくらふはつくうそばかりヨイヨイヨイヤナ

そう言っては無理に酒を飲ませる。なんといってもこちらの待ち人。恋の、恋の——山屋の豆腐に鎹を打つようなもので、締まりがなく、ぬらりくらりとふわついた嘘ばかり。よいよい、よいやな。

〔クドキ〕

よひからたせてまたかうとはエエあんまりなとひざたてなほ

宵から待たせておいて、また行こうというのか。ええ、あんまりだと膝を立て直し。

しめろヤレたんだうてやうて、つはたいこが取持とりもがほか、ねてうつむく水道尻すゐだうじり

しめろ、やれ、ただ打てや打てと。打つのは太鼓か、それとも幇間が取り持ち顔にか。すねてうつむく——水道尻のあたりで。

神楽かぐら蕎麦そばならすこしのびたとはやされて、ちんちんかものとこうち、たんたんだぬきのそら寝入ねいり、つねつたあとのゆかりのいろに、うつてかはつた中直なかなほり、あれはさこれはさよいこゑかけヤ

「お神楽蕎麦なら少し伸びた」と囃されて。ちんちんかもの睦まじい床の内、たんたん狸の空寝入り。つねった跡に残る紫の色——その縁で、うって変わっての仲直り。あれはさ、これはさ、よい声を掛けなさいな。

〔引〕

よいやなしどもなや

よいやな、しどもなや。(囃し詞)

〔三下り〕

ひとめしのぶは裏茶屋うらぢややに、ためになるのを振捨ふりすてて、ふかしづみしこひふち心柄こころがらなるさは、いつそつらいぢゃないかいな

人目を忍ぶのは裏茶屋で。身のためになる客を振り捨てて、深く沈みこんだ恋の淵。自分の心が招いたこの憂さは、いっそ辛いではありませんか。

はぬむかしがなつかしや

いっそ逢わなかった昔のほうが懐かしい。

獅子ししにそひてやたはむあそぶ、いろのむらがりて、夕日ゆふひ花咲はなさくるわ景色けしき目前もくぜん貴賎きせんうつつなり

獅子に寄り添って戯れ遊ぶ。浮き立つ色とりどりの人が群がって、夕日に花咲く廓の景色。それを目の前にして、貴賤の別なく夢心地である。

しばらたせたまへやとよひ約束やくそくいまくほどにけし

しばらくお待ちくださいと交わした宵の約束。今行きますと言ううちに、夜も更けてしまった。

〔団乱旋〕

舞子まひこ図羅旋とらでん舞楽ぶがくもかくやいさ末社まつしやはなたはむさけにふし、大金たいきんちらす君達きみたちの、うてや大門おほもん全盛ぜんせいの、高金かうきん奇徳きどくあらはれて、なびかぬ草木くさきもなきときなれや、千秋せんしう万歳ばんぜい万々歳ばんばんぜい

舞人の団乱旋の舞楽もかくやと思われるほどに勇む末社の者たち。花に戯れ酒に臥し、大金を散じる客たち。打てや、大門よ。全盛の高金の奇特があらわれて、靡かぬ草木もない時である。千秋万歳、万々歳と。

ゆたかにしゆく獅子頭ししがしら

豊かに寿ぐ、その獅子頭よ。

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。合方(〔合〕)の指示は省いている。

「俄」は吉原で毎年秋に行われた素人芝居の余興。芸者や幇間が趣向を凝らして練り歩いた。

「五町」は吉原の五つの町。「仲の町」はその中央を貫く大通りで、花見の名所でもあった。

「紋日・物日」は遊里で客に特別の出費が求められた日。

「間夫」は遊女が真に思う相手。金銭ずくでない客をいう。

「末社」は幇間・太鼓持ちのこと。「大門」は吉原の入口の門。

終曲の「団乱旋の舞楽」以下は能「石橋」の詞章を踏まえる。長唄「連獅子」の終わりと同じ本歌で、獅子物であることを示す。

原典の「図羅旋」は「団乱旋」の表記の揺れと解される。ここでは原典の字を残した。

作詞者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。