藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
清元

三千歳みちとせ

清元  本名題『忍逢春雪解』  河竹其水 述作 作曲者・初演年不詳

三千歳 雪の入谷の寮の門
雪の入谷の寮の門

河竹黙阿弥の『天衣紛上野初花』——通称「河内山と直侍」の入谷の場につく浄瑠璃で、通称「三千歳」または「直侍」。清元の代表曲のひとつである。冴え返る春の寒さに雨が雪となり、上野の鐘の音も凍る夕暮れ。入谷の寮に忍んできた片岡直次郎は、恋人の遊女・三千歳と、久しぶりに人目を忍んで逢う。一日逢わねば千日の思いに患い、薬の効も涙に紙を濡らすばかり、「殺して行ってくださんせ」と縋る三千歳。直次郎は悪事の身、お仕置を受ければ先祖の墓にも入れぬ身の上と嘆く。寮番の喜兵衛が「寸善尺魔、障りのないうちに」と急かすが、二人は水鳥の浮き寝の床を立ちかねる。結びは降る雪に積もる思いを残して。世話物の悲しみを、雪の景に静かに包んだ名曲。

あらすじ

冴え返る春の寒さに、降る雨も暮れていつしか雪となり、上野の鐘の音も凍る。細き流れの幾曲がり、末は田川へ入谷村。廓へ近き畦道も、右か左か白妙に。往来のないを幸いと、人目を忍び佇みて。雪をよすがに直次郎、確かにここと目覚えの、門の扉へ立ち寄れば、風に鳴子の音高く。驚く折から新造が、灯携え立ち出でて。差し足なして千代春が、扉へ寄りて声ひそめ。気転利かして奥と口、互いに心合わせ鍵に、扉を開けて伴う折柄。門の外には丑松が、内の様子を窺いて、ひとり頷き雪道を、飛ぶが如くに急ぎ行く。晴れて逢われぬ恋仲に、人に心を——奥の間より知らせうれしく三千歳が、飛び立つばかり立ち出でて、わけも涙に縋りつき。廓に馴れたる新造が、話の邪魔と次の間へ、粋を通して入りにける。跡には二人、差し合いも。涙ぬぐうて三千歳が、恨めしそうに顔を見て。わずか離れて居てさえも——一日逢わねば千日の、思いに私や患うて。針や薬の験さえ、泣きの涙に紙濡らし。枕に結ぶ夢さめて、いとど思いの十寸鏡。見る度ごとに面痩せて、どうせ長らえ居られねば、殺して行ってくださんせと、男に縋り嘆くにぞ。今さら言うて返らぬが、悪事をしてお仕置を受ければ、先祖代々の墓へ入れぬ身の上に。これが頼みと手を取って、ともに涙に暮れにける。男も愚痴に搦まれて、持て余したる折柄に。始終を聞いて寮番の喜兵衛は、一間を立ち出でて。こういう内にも寸善尺魔。障りのない内、さあ、さあ、さあ。と言えどこなたは水鳥の、浮き寝の床の水離れ、葭芦原を立ちかねれば。げに桓山の悲しみも、かくやとばかり、降る雪に、積もる思いぞ残しける。

詞章と現代語訳

冴返さえかへる〔合〕はるさむさに降雨ふるあめも〔合〕くれていつしかゆきとなり、上野うへのかねこほる〔合〕ほそながれの幾曲いくまがり、すゑ田川たがは入谷村いりやむら〔合〕

冴え返る春の寒さに、降る雨も暮れていつしか雪となり、上野の鐘の音も凍る。細き流れの幾曲がり、末は田川へ入谷村。

くるわちか畦道あぜみちも、みぎひだり白妙しろたへに〔合〕往来ゆきゝないさいはひと〔合〕人目ひとめしのたゝずみて〔合〕

廓へ近き畦道も、右か左か白妙に。往来のないを幸いと、人目を忍び佇みて。

ゆきをよすがに直次郎なほじらう〔合〕たしかにこゝ目覚めおぼえの、もんとびら立寄たちよれば、かぜ鳴子なるこ音高おとたかく〔合〕おどろをりから新造しんざうが、灯携ともしびたづさ立出たちいで

雪をよすがに直次郎、確かにここと目覚えの、門の扉へ立ち寄れば、風に鳴子の音高く。驚く折から新造が、灯携え立ち出でて。

さしあしなして千代春ちよはるとびらへよりてこゑひそめ

差し足なして千代春が、扉へ寄りて声ひそめ。

気転利きてんきしておくくちたがいに心合鍵こゝろあひかぎに、とびらあけともな折抦をりがらもんそとには丑松うしまつが、うち容子ようすうかゞひて、一人点頭ひとりうなづ雪道ゆきみちを、とぶごとくにいそく〔合〕れてはれぬ恋中こひなかに〔合〕ひとこゝろおくより〔合〕らせうれしく三千歳みちとせが、飛立とびたつばかり立出たちいでて、わけなみだすがりつき〔合〕

気転利かして奥と口、互いに心合わせ鍵に、扉を開けて伴う折柄。門の外には丑松が、内の様子を窺いて、ひとり頷き雪道を、飛ぶが如くに急ぎ行く。晴れて逢われぬ恋仲に、人に心を——奥の間より知らせうれしく三千歳が、飛び立つばかり立ち出でて、わけも涙に縋りつき。

くるわなれたる新造しんざうが、はなし邪魔じやまつぎへ、すゐとほしてりにける

廓に馴れたる新造が、話の邪魔と次の間へ、粋を通して入りにける。

あとには二人差合ふたりさしあひも〔合〕なみだぬぐふて三千歳みちとせが、うらめしさうにかほて〔合〕

跡には二人、差し合いも。涙ぬぐうて三千歳が、恨めしそうに顔を見て。

わづはなれててさへも

わずか離れて居てさえも——

一日逢いちにちあはねば千日せんにちの、おもひにわたしわづらふて〔合〕はりくすりしるしさへ、なきなみだかみぬらし〔合〕まくらむすゆめさめて、いとゞおもひの十寸鏡ますかゞみ〔合〕

一日逢わねば千日の、思いに私や患うて。針や薬の験さえ、泣きの涙に紙濡らし。枕に結ぶ夢さめて、いとど思いの十寸鏡。

度毎たびごと面痩おもやせて、どうでながらへらねば、ころしてくださんせと、をとこすがなげくにぞ

見る度ごとに面痩せて、どうせ長らえ居られねば、殺して行ってくださんせと、男に縋り嘆くにぞ。

今更言いまさらいふかへらぬが、悪事あくじてお仕置しおきを、うくれば先祖代々せんぞだいだいの、はか這入はいらうへ

今さら言うて返らぬが、悪事をしてお仕置を受ければ、先祖代々の墓へ入れぬ身の上に。

これがたのみととつて、ともなみだくれにける

これが頼みと手を取って、ともに涙に暮れにける。

をとこ愚痴ぐちからまれて、持余もてあましたる折柄をりがらに〔合〕始終しゞゆうきい寮番れうばんの〔合〕喜兵衛きへゑ一間ひとま立出たちいで

男も愚痴に搦まれて、持て余したる折柄に。始終を聞いて寮番の喜兵衛は、一間を立ち出でて。

いふうちにも寸善尺魔すんぜんしやくまさはりのなきうちさあさあさあ

こういう内にも寸善尺魔。障りのない内、さあ、さあ、さあ。

へど此方こなた水鳥みづとりの、浮寐うきねとこ水離みづばなれ、葭芦原よしあしはら立兼たちかねれば〔合〕

と言えどこなたは水鳥の、浮き寝の床の水離れ、葭芦原を立ちかねれば。

桓山くわんざんかなしみも、かくやとばか降雪ふるゆきに、つもおもひぞのこしける

げに桓山の悲しみも、かくやとばかり、降る雪に、積もる思いぞ残しける。

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第三編 清元集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。

本名題は『忍逢春雪解』(しのびあふはるのゆきどけ)。河竹其水(黙阿弥)述作。作曲者・初演年は原典に記載がない。通称は「三千歳」または「直侍」。

河竹黙阿弥の世話物『天衣紛上野初花』の入谷蕎麦屋・大口寮の場につく浄瑠璃。片岡直次郎(直侍)は悪事に手を染めた身で、大口屋の遊女・三千歳と深い仲。この場は追われる身の直次郎が、病む三千歳に忍んで逢う別れの一夜である。

「入谷村」は上野の北、田圃の中に寮(別宅)が点在した土地。雪の入谷が、この曲の景の眼目である。

「千代春」は三千歳付きの新造、「丑松」は直次郎の身内、「喜兵衛」は寮番。いずれも芝居の登場人物で、その動きがそのまま詞章に写されている。

「寸善尺魔」は善いことは少なく悪いことが多いという意の成語。「桓山の悲しみ」は『孔子家語』の桓山の鳥が四方に別れる子を悲しんで鳴いたという故事で、別れの悲しみをいう。

この曲に死の場はない。二人が別れかねているところで終わる。ただし追われる身の別れであり、席によっては扱いに心を配りたい(三世相道行・小夜衣と同じ扱い)。

語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「差合」(差し合い=差し障りか、差し向かいか)、「人に心を」(次の段へ続く言いさしと見た)。

流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。