お祭おまつり
清元 変化物としての題『再茲歌舞伎花轢』 別題『申酉』 作詞者・作曲者・初演年不詳

江戸の天下祭の帰り道、ほろ酔いの鳶の頭が町内の人々にのろけ話を聞かせる、粋で陽気な祝儀曲。清元のなかでもとりわけ親しまれ、今も祭の季節によく演奏される。「申酉の花も盛りの暑さにも、負けぬ気性と見かけから」と起こし、あちこちで「頭、頭」と立てられて御機嫌の戻り道。「ほんのことだが聞いてくりゃ」と、去年の山帰りに見初めた女との仲を語り出し、座敷の狐拳の賑わいまで。後半は「やあ、引けや引け」の木遣りで、引くもの尽くし——子の日の小松、馴染の煙草盆、袖枕、内裏女郎の召し物、菖蒲に大根、御神木の注連縄、湯元細工の剣玉に人形筆まで。結びは神田祭と同じ「げにも上なき獅子王の、万歳千秋限りなく」と、お江戸の鑑を寿いで納める。夏の席・祝儀の席に向く。
あらすじ
申酉の、花も盛りの暑さにも、負けぬ気性と見かけから。言わずと知れたお祭の、姿もすっかりそこら中、行き届かせて、こうもなく。ここではひとつ、あそこでは、頭、頭と立てられて、御機嫌じゃのと、町内の家主方も夕日影。風もうれしく戻り道。もし、皆さんも御苦労でござやす。こんな中でうけさせるじゃあねえが、ほんのことだが聞いてくりゃ。自体、去年の山帰り。言うは今さら、過ぎし秋。初めの一座の連れの内、面白そうな口合いに。好いたが因果、好かれたも、心に二つはないわいな。その時あいつが口癖に。あきらめて何のかのと、ありゃただの人。赤凡夫の我々なりゃこそ、滅法けえに迷いやす。お手が鳴るから銚子の替わり目と、上がって見たればお客が三人、庄屋ぽんぽん狐拳。とぼけた色ではないかいな。よいよい、よんやな。やれ、よい声かけや。やあ、引けや引け引け。引く物にとりては、花に霞よ、子の日の小松。初会の盃、馴染の煙草盆。おしゃらく娘の袖枕。嬶の履物。内裏女郎の召し物。座頭の褌、菖蒲に大根。御神木の注連縄。またも引く物はいろいろござる。湯元細工の剣玉、ぶりぶり。そさまゆえなら心のたけを、示し参らせ候べくの。人形筆売り、この首を、長く出したり縮めたり。何と鈍いじゃあるまいか。げにも上なき獅子王の、万歳千秋限りなく、尽きせぬ獅子の座頭と、お江戸の鑑ぞありがたき、ありがたき。
詞章と現代語訳
猿鶏の〔合〕花も盛の暑さにも、負けぬ気性と見かけから〔合〕
申酉の、花も盛りの暑さにも、負けぬ気性と見かけから。
言ずと知れしお祭の〔合〕姿もすつかり其処等中〔合〕行届かせて〔合〕こふもなく、此処では一つ彼処では〔合〕頭々と〔合〕立てられて〔合〕御機嫌ぢやのと町内の〔合〕家主方も夕日影、風も嬉しく戻り道
言わずと知れたお祭の、姿もすっかりそこら中、行き届かせて、こうもなく。ここではひとつ、あそこでは、頭、頭と立てられて、御機嫌じゃのと、町内の家主方も夕日影。風もうれしく戻り道。
モシ皆さんも御苦労で御座やす、こんな中でうけさせるぢやアねへが、ほんの事だが聞て呉りや
もし、皆さんも御苦労でござやす。こんな中でうけさせるじゃあねえが、ほんのことだが聞いてくりゃ。
自体去年の山帰、言ふは今さら過し秋
自体、去年の山帰り。言うは今さら、過ぎし秋。
初の一座の連の内、面白さうな口合に〔合〕
初めの一座の連れの内、面白そうな口合いに。
好いたが因果好かれたも、心に二つはないわいな
好いたが因果、好かれたも、心に二つはないわいな。
其の時彼奴が口癖に〔合〕
その時あいつが口癖に。
あきらめて何の彼のと、ありや只の人、あか凡夫の我々なりやこそ、滅法けへに迷ひやす〔合〕
あきらめて何のかのと、ありゃただの人。赤凡夫の我々なりゃこそ、滅法けえに迷いやす。
お手が鳴るから銚子の替目と、あがつて見たればお客が三人、庄屋ぽんぽん狐拳
お手が鳴るから銚子の替わり目と、上がって見たればお客が三人、庄屋ぽんぽん狐拳。
とぼけた色ではないかいな
とぼけた色ではないかいな。
よいよいよんやな
よいよい、よんやな。
ヤレよい声かけや
やれ、よい声かけや。
ヤアひけやひけひけ引物にとりては〔合〕花に霞よ子の日の小松〔合〕初会の盃馴染の煙草盆〔合〕おしやらく娘の袖枕〔合〕嬶の履物〔合〕内裏女郎の召物〔合〕座頭の褌あやめに大根〔合〕御神木の〔合〕注連縄〔合〕
やあ、引けや引け引け。引く物にとりては、花に霞よ、子の日の小松。初会の盃、馴染の煙草盆。おしゃらく娘の袖枕。嬶の履物。内裏女郎の召し物。座頭の褌、菖蒲に大根。御神木の注連縄。
又も引物は色色御座る、湯元細工のけん玉ぶりぶり、そさま故なら心のたけを、しめし参らせ候べくの、人形筆うり此の首を、長く出したり縮めたり、何と鈍いぢや有まいか
またも引く物はいろいろござる。湯元細工の剣玉、ぶりぶり。そさまゆえなら心のたけを、示し参らせ候べくの。人形筆売り、この首を、長く出したり縮めたり。何と鈍いじゃあるまいか。
実にも上なき獅子王の、万歳千秋限りなく、尽せぬ獅子の座頭と、お江戸の鑑ぞ有難き有難き
げにも上なき獅子王の、万歳千秋限りなく、尽きせぬ獅子の座頭と、お江戸の鑑ぞありがたき、ありがたき。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第三編 清元集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。繰り返し記号はいずれも直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。
変化物としての題は『再茲歌舞伎花轢』(またここにかぶきのはなだし)。別題『申酉』(さるとり)。原典には述者の記載がなく、作詞者・作曲者・初演年は不詳。柏葉集の目次では武内宿禰・網打とあわせて掲げられている。
冒頭の「猿鶏(申酉)」がこの曲の別題の由来。祭の年回りをいう語と見られるが、どの祭のどの年回りを指すかは原典からは確かめられないので、ここでは断じない。
主人公は鳶の頭。祭の世話を焼いて町内で「頭、頭」と立てられ、その戻り道にのろけ話をする、という趣向である。「山帰り」は大山参りなどの帰りのこと。
後半の「引けや引け」は木遣りの掛け声で、以下は「引く」物を並べる引物尽くし。小松引き、菖蒲引き、大根引きなど、「引く」に掛かる物を次々に詠み込む。「湯元細工」は箱根湯本の挽物(ろくろ細工)の玩具で、「引物」と「挽物」を掛ける。「ぶりぶり」は振々毬杖という正月の玩具、「人形筆」は軸から人形が首を出す仕掛けの筆。
結びの「実にも上なき獅子王の、万歳千秋限りなく」は、当ライブラリの神田祭の結びと同じ祝言の文句である。
語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「こふもなく」、「うけさせる」、「あか凡夫」(赤凡夫=まったくの凡夫の意と解した)、「滅法けへ」、「おしやらく娘」(おしゃれな娘の意と見られる)、「獅子の座頭」(一座の頭の意か)。
流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。